かつて小泉元首相に側近が「なぜそんなに長く総理大臣が務まるのですか。そのヒケツは・・・?」と尋ねたところ、「いいことを聞いてくれた。教えてやろう。コツは聞いたことをその場で忘れることだ」と答えたという。
その側近は「マジか!?」と思ったと書いています。
私はこのエピソードを読んで思わず大笑いしてしまいました。大笑いした理由はいくつかありますが、まずいかにも小泉さんらしい「こだわりのなさ」というかある種の無責任をよく表していることに加え、トップリーダーとしての重要な要件をも伝えていると感じたからです。
さらに大笑いのもう1つの理由。
実は私も最近リーダーの心構えなどについてよく聞かれることが多く、つい先日も「忘れることの重要性」を説いたばかりだったからです。
忘れることの重要性?それは一体何でしょう。
答える前に1つ質問。リーダーにとってもっと大切な仕事は何でしょう?
色々な答えが想定されるでしょうが私に言わせれば決断力です。
大小問わず組織や集団のトップに真先に必要とされる資質は決断する能力です。それも瞬時に。リーダーが決断を先延ばしにして良いことはあまりなく、迷っているうちに命取りになることのほうが多いからです。
だからリーダーになれない人は決断ができない人といえます。
たいていの人は何か決める際、色々悩み迷います。だから多くのデータを集め分析し、同じようなケースで他の人はどんな決断をしたか知ろうとするわけです。
選択肢が複数あると(複数あるのが普通ですが)どちらを選んだら良いのか、かんたんに判断せずできるだけ慎重に考えようとします。
なぜなら間違えたくないから。正解と不正解が存在していて「正解」を選ばないといけないと考えているからです。
そのためにも情報収集は欠かせない。データ(知識)や他者の考えを参考にしようとする。
これがダメなのです!決断にはデータや他者の考えなど邪魔以外の何者でもないのです。
リーダーの資質は決断・行動・責任
データや情報、他者の意見、常識的判断。
これらはリーダーにとって多くの場合足手まといになります。
なぜでしょう。
多くの情報とはつまり「知識」です。知識とは過去に属するものです。ところがリーダーに求められるものは常に「現在」あるいは近未来の状況に対する正しい判断です。
知識(データ)は過去に起こった問題にかかわるものですが、リーダーが直面するのは常に新しい事態への対処だからです。
情報(データ)知識が多いほど、頭の中は「過去」で占められ今目の前に起こっている新しい「現実」をクリアに見ることができません。
現実(真実)を曇りなく正確に観るためには頭の中を「古いデータ」でいっぱいにしてはいけないのです。汚れた窓ガラス越しに外の風景を見るようなものだからです。
たくさんのデータや情報(他人の意見も含む)は多くの場合迷いの原因になり、決断を遅らせてしまうのです。
ですから真のトップリーダーは、それらの雑多な情報にとらわれずむしろ自らの直観やインスピレーションに従って決断するのです。
そして彼らは「決断力とはスピードが命」であることを身を持って知っているのでほとんど迷いません。1日に何十、何百もの決断を迫られるとき必要なのは内容の吟味ではなく迷わず決断する行為そのものです。
そして驚くことに彼らはこう言います。
「どっちに決めたって大差ないからね」
そう。まさに大差ないのです。決断したらその方向にグングン進んでいく実行力こそが問われるからです。決めたら万難を排して進んでいく行動力こそがリーダーの真価だからです。結果さえ出せばどちらへ進んでも同じことだというわけです。
「どんな決断をしても全ての責任を取る!」という覚悟さえあればたいていのことは成功してしまうからです。
どちらへ進んでも同じなら。他者の意見などに翻弄されるのは時間のムダということになります。
これが小泉元総理の「聞いたことをその場で忘れることがコツ」という言葉の真意です。
データーは蓄積するより消去する
しかし、多くの人はここまで読んできて違和感を持つのではないでしょうか。
「じゃ、他人の意見やデータを無視するのがよいリーダーなのか」
「責任ある決断という以上、やはり慎重に考えるほうがよい結果が出るのでは・・・」
「人の言うことを聞かないリーダーって独裁者じゃないのか」
これらの疑問はもっともです。慎重さに欠け拙速に行動することで失敗したり、他人の話を聞かないワンマンなリーダーもたくさん見かけるからです。
確かに結婚相手を決める、新しい勤め先を探す、家を買うなどというとき全く何の情報も持たずに決めることはできません。他人の意見や評判も大切な情報源となります。
しかし、情報は多ければよいというものではありません。特に今の時代情報は必要以上にあふれかえっています。そして人々は情報の洪水の中で溺れかかっているのです。
大事なのは情報(データ)に頼ることではなく、自分の中にしっかりとした行動基準、判断基準をもっているかどうかです。価値観といってもよいでしょう。「自分はどうありたいか」「自分の使命は何なのか」「いま自分がすべきことの優先順位はどうなのか」
そして「何が自分や周囲にとって幸福をもたらすのか」「そのために活用できる資源は何か」
これらの内面的な判断(行動)基準をいつも研ぎ澄ますことです。そうすれば雑多な情報に惑わされることもないでしょう。
優れたリーダーは、百の情報のうち真に有効なものは1つか2つに過ぎないことを知っています。従って決断に際して必要なことは多くの情報を得ることではなく、いかにそれらを捨てるか、積み重なったデータ(過去の知識)を捨て去ることができるかなのです。
たとえば偉大な経営者などのトップリーダーは過去の「成功体験」さえ捨て去ることができます。成功体験は往々にしてジャマになるものです。一方凡庸なリーダーは過去の成功体験にしがみつきます。なので失敗しやすい。
状況は日々新しく、世界は瞬時も変化を止めません。リーダーはその中で、不確かな情報に振り回されず自分の判断基準と直観で即決し行動するのです。
「他人の意見やデータを重視する。」「慎重に考えて決める。」
これらは一見もっともな姿勢のようでいて、実際は自信のない人が失敗したときのアリバイとして採用する態度だと思います。
リーダーになれば(リーダーじゃなくても)様々な情報が寄せられます。真のリーダーはそれらの情報、データ、考えなどを一度脳内を通過させたら大事なものだけ残してすぐに忘れることができる人です。彼らは大事なわずかな情報はセンサーに引っかかるので、それ以外を消去する名人とも言えます。
忘却する力こそリーダーの条件かも知れません。
実は、私も最近色々な出来事や状況を忘れていることに気づきます。特に人の言ったことをすぐに忘れるのです。
これで俺も優秀なリーダーに近づいたか!
そう妻に自慢したら「単に歳のせいじゃん!」と言われました。どうも私の場合は老化による健忘症のようですね・・・。
ところで、ここまで書いてきて田中角栄元総理を思い出しました。田中氏といえば「決断と行動」をスローガンにさっそうと登場したことを覚えています。
いま振り返ればこのスローガン、なかなかリーダーの条件をシンプルに表しているように思えます。
田中角栄といっても今の若い人たちにはピンと来ないかもしれませんね。「コンピューターつきブルドーザー」「日本列島改造論」「日中国交回復」など文字通りブルドーザーのごとく矢つぎ早に色々な施策を打ち出した、まさに高度成長を象徴するような人物でした。
「ロッキード事件」や「金脈問題」で失脚しましたが、最近ちょっとした「角栄ブーム」が到来したのも、今の日本に真のリーダーへの渇望があるのかも知れませんね。
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