教育研究所ARCS

問題をスマートに解決する法 《前編》

教育・子育て

問題をスマートに解決する方法

私たちの日常はいつも問題だらけではないでしょうか。
そしてそれらの問題に追い回され、まるで問題解決のために人生があるかのような有様になってはいないでしょうか。

私も塾講師として現役バリバリの時代、毎日のように様々な問題が目の前に発生し、その解決に忙殺されていた気がします。

「授業が分かりにくいという苦情がきた!」
「いつも資料に提出期限を守らないスタッフがいる!」
「私の方針に意義を唱える部下を説得しなきゃならない!」
「約束を守らない業者に文句を言ったがラチがあかない!」

などなど、これらはほんの一部ですが「よくこれだけ問題が起こるものだ!」というくらい、毎日至る所に「問題」は起き、モグラ叩きのように私は解決を求めて走り回っていました。

しかし経営者でもあった私は、そのように次々と多種多様な問題を素早く解決していくことに、疲れながらも一種の達成感のようなものを感じていたことは確かです。もっと言えば、問題解決のプロ(!?)であることに自負心のようなものを感じていたのです。
「問題解決こそがトップの仕事だ」
そんな思い上がった錯覚の中に私はいたのです。

今振り返ってみると、それらの問題の多くは私自身が引き起こしていたということが分かります。
どういうことかというと、それらは「問題」として現れる前に多くの兆候があったのに私の不注意で見逃していたり、周囲の人々の気持ちを無視して強引に事を進めていたりと、私自身がトラブルの種をまいていたのです。

要するに私の未熟さが「問題」を引き起こしていた。逆にいえば、それらの問題は私の成長を促すために起こってくれたということです。

そう考えれば問題が起こることに意味はあると言えますが、しかしあまりにも問題を抱え追い回されている生活は幸福感も得られにくいし、人生の質(クオリティ)そのものまでも低下させてしまうでしょう。

そもそも「問題」が多いこと自体、その人の未熟さを表しているのですから。

そこで今回は、スマートに問題を解決する手法(ヒントになる考え方)について話そうと思います。

(1)判断・判定をやめる

私たちは問題が起こると即座に「相手が悪い」と判定しがちです。あるいは「相手を怒らせるようなことを自分がしてしまったのか…」などと悩みます。
いずれにせよ、良い悪いと判断しているわけです。

いったん善悪の判定を下してしまうと「悪い」相手なり自分なりを責めるしか選択肢はなくなってしまいます。これでは事態は膠着するばかりで「犯人追求」ゲームが延々と繰り広げられるだけです。

なのでこの「判断」「判定」を一時的にでもよいから停止します。

(2)ニュートラルな立ち位置へ

当たり前ですが、普段私たちは自分の立場からしか物を見ていません。全体像が見えていないのです。
たとえば車を運転しているとき、道路に広がる歩行者が邪魔者に見えますが自分が歩行者のときは混んでいる道路に侵入してくる車が邪魔者と感じます。

同じ状況なのに立場が変わると、見え方や感じ方は180度変わり得るということです。

ですから「いま自分の位置からはこう見えるけど本当は違うのかもしれない」つまり「相手(状況)が問題だと思っていたが、それはもしかすると一方的な見方かもしれない」と一歩引いて見ることで、自分の立場に固執している状況から自由になることができるのです。

これは決して「自分が間違っているのかも」と反省することではありませんし、現に起こっている問題から眼を逸らすことでもありません。
固定された視座から自分を解放し自由な視点を獲得するということです。

先の、車と歩行者の例でいうならドライバーや歩行者の立場ではなく別の立場─たとえば建物の中から道路全体を眺める位置─に立つようなものです。
つまりニュートラル(中立)なポジションに立つことであり、ニュートラルであるから自由(特定の見方に囚われていないこと)である。自由ということは、問題をより全体的に俯瞰することができるということです。

(3)相手から問題を見る

ここから少しハードルが高くなります。想像力を発揮しなければならないからです。

判断・判定をやめ、ニュートラルな視点を持つことで被害者意識や、怒りや焦りなどの視界を曇らせる感情(障害物)からはだいぶ自由になったと思います。

少し見晴らしが良くなったところで今度は相手の気持ちになって問題を見てみましょう。
相手からはこの「問題」がどう見えているのか好奇心を持つのです。

「要するに相手の立場から考えろということ?」

いいえ、考えるのではなく「見る」のです。それもまるで乗り移ったかのように相手になりきって今の状況を見てみるということです。

誤解して欲しくないのは、「少しは相手の身になってやれ」とか「相手にも言い分はあるはず」と、無理な譲歩を勧めているのではないということです。
そうではなく、相手からはどう見えているか、なるべく相手になったつもりで見て欲しい。

そこで必要とされるのが想像力です。難しければ好奇心を働かせてゲーム感覚でやることをお勧めします。

さて想像力を駆使して相手の目を通して同じ「問題」を見ると分かることがあります。「相手の気持ち」がストンと分かる瞬間があるのです。

「あっ、そうか。相手も不安だったんだ」

と突如相手の感情がダイレクトに感じられたりするのです。
もちろん本当に相手がそう感じているのかどうか真実は分かりません。
でも、直感的に腑に落ちたなら真実かどうかは気にする必要はありません。

ここで大事なことは相手の「気持ちを確かに感じた」という自分の実感です。

相手の目を通して問題をながめることで相手の気持ちが実感できた時、様相は一変します。
それまでの自分のアプローチが一面的であったことや方向違いであったことに気づくからです。同時に、相手に対する見方や接し方の修正が自動的に起こります。

「どう話せばよいのか」「どんな接し方をすべきか」「どんな風に交渉すればよいのか」解決法が自ずと分かるのです。
後はその「解決策」に従うだけです。

頭でアレコレひねり出す解決策ではなく(それはあまりうまくいかない)、自分の中にわき起こるその「解決法」に乗っかる感じでよいのです。それは自分でも思ってもみなかった新しい提案という形だったりします。

これで大方の問題は解決します。

「言うことを聞かなかった息子が素直になる」
「理不尽な上司の態度が変わったり、部署の異動でいなくなる」
「行き詰まっていた交渉が急に進展する」

こんなことが起こるのです。

さて「解決」に触れたところですが、次回はこの「解決」の捉え方についてまとめたいと思います。

327 views

開催予定イベントのご案内

現在開催予定のイベントはございません。

お悩み相談室

子供に「だんだん苦手な教科が出てきたが、どこがわからないのかがわからない」と言われた

子供に「だんだん苦手な教科が出てきたが、どこがわからないのかがわからない」と言われた

最初から核心を書いてしまうと、この台詞には二つの意味があります。一つ目は「(ある単元、分野の説明を)一回聞いたが頭がこんがらがったので、(面倒くさいから)あきら…

中学受験が子どもをダメにする

「本当の学力」を望むなら、親は思い込みを捨てなさい。

ついに管野所長の書籍が発売となりました。講師歴35年以上、長年の教育実践の経験を1冊の本にまとめました。中学受験を検討中の方、子どもに本当の学力を望む方はぜひ読んでいただきたい書籍となっています。

ご購入・Amazonレビューはこちら

コメントはお気軽にどうぞ

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

CAPTCHA