教育研究所ARCS

エリート教育2.0 ②

教育・子育て

教育関係のニュースサイトを見ていると、最近海外では、子供を学校に行かせず家庭で教育する「ホームスクーリング」が流行りだそうです。もちろんこれまでも海外ではホームスクーリングは行われていましたが、その理由は宗教的なものや物理的制約(通学可能範囲に学校が存在しない)がほとんどを占めていました。しかし、近年では、「学校の教育レベルに満足できない」という理由が増加しているのです。

公教育システムのレベルに満足できない、あるいは意味を見出せない親が、自分で子供を教育する。こう書き出してみると、日本人の我々はちょっとギョッとするかもしれませんね。それもそのはず。日本ではホームスクーリングは「違法」なのです。日本では義務教育が明確に定められ、親は子供に学校教育を受けさせる義務があります。これはよく捉えれば「最低限の教育は絶対に保証する」ということですが、逆に言えば「それ以外の選択肢が認められない」ということでもあります。日本では明治時代以降国を挙げて公教育システムの整備に努めてきました。その甲斐あって、21世紀を生きる私たちにとって公教育システムは至極当たり前のものになっています。そうなるとホームスクーリングは当たり前でないもの、「なにかいかがわしいもの」に見えてしまうかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか?

教育の本道は紀元前からホームスクーリング

歴史をひもといてみると、公教育がまともに整備されるようになったのはつい200年ほど前です。それ以前はどうだったかといえば、当然、教育は家庭で行われるものでした。まさにホームスクーリングですね。ただし、家庭での教育は高度な物になればなるほどお金がかかります。親が教えきれない専門分野まで到達するとなると、専門の家庭教師をつける必要がでてきます。そんな費用は捻出できないが、専門分野まで学んだ人材に子供を育てたい親と、専門分野まで学んだ人材を大量にほしい国家のそれぞれのニーズが合致したところに、近代公教育は誕生するのです。

これは一見すばらしい解決策に見えます。しかし、マイナス面も確実に存在します。それは「頂点のレベル低下」です。ホームスクーリングの時代には、そもそもそれを享受できる人間の数自体が極小でした。しかし、享受できた人間の教育レベルは文字通り「突出」します。ヨーロッパの思想史を見てみると、古くはアリストテレス(西洋学問の土台をほとんど一人で作った哲学者でアレクサンドロス大王の家庭教師だった)以来、人類の精神史を塗り替えた大学者のほとんどが、貴族の家庭教師として収入を得ています。つまり、生徒は世界史に載るような大学者に一対一で十年以上教育を受け続けられるわけです。現代で言えば、ノーベル賞受賞の物理学者に物理を初歩から最先端までみっちり個人指導してもらえるようなもの。教育に対する得手不得手と研究に対するそれは違いますから一概にそれがよいともいえませんが、授業内容が「超高レベル」であることは確かです。

ホームスクーリングの真骨頂は知識伝達「以外」のところにある

前述したように、ホームスクーリングで学んだほんの一握りの若者は、教養・知識において最高レベルに達しました。後発の公教育はこのレベルに追いつけ追い越せと、様々なシステム改変を加えてきたため、現代ではほぼ遜色のないところまで一部の層は突出したといえるでしょう。しかし、ホームスクーリングの本領は、実は知識の伝達ではありません。

容易に教えることが出来ないもの、教わることができないものを教えるという点こそがホームスクーリングの強みなのです。例えば、対立した二者をどう調停すべきか。片方を立てれば片方が立たない状況でどう決断を下すべきか。勇気ある行いとはなにか。他者を説得するためにはなにが必要か。このような人間関係の暗黙知は容易に公式化することはできません。特定のシチュエーションに応じて教わり、あるいは見本を見て学ぶ必要があります。学校の座学では難しいこれらの力は現代では「リーダーシップ」「コミュニケーション能力」「公共心」などの言葉でまとめられています。そして、これらの力を身につけた人間を我々は「エリート」と呼び、社会は常に彼らを求めています。

個別(少人数)指導は知識伝達のためのものではない

ここ十年以上、塾業界では「個別指導」が流行りです。大教室で講義を聴くよりも、一対一で子供の性格にフィットした教え方をしてもらったほうがよい。そう考える親のニーズに合致しているからでしょう。しかし、正直なところ、中学校レベルまでの知識についていえば、個別に教わる必要性はそこまで高くありません。上手いプロ教師の説明を大勢で聞く方が、研修も受けていない半ば素人の大学生アルバイトの説明を一人で聞くよりも分かりやすいでしょう。

本来の「個別指導」は、上述した暗黙知「リーダーシップ」や「コミュニケーション能力」を学ぶ場合にこそ役立つのです。正直なところ、現代の学校カリキュラムはこのような暗黙知を習得できるようには作られていません。時間的な余裕の問題もあるでしょうが、それ以上に公教育のシステム上不可能だからといったほうがよいでしょう。そして、この領域にこそ本来の私教育は生きてきます。点数がつけられる学力は、極言すれば学校で完結します。だからこそ、塾や家庭教師に求めるとすればこの領域なのです。

「学歴エリート」という言葉があります。学歴が突出している人々を指す言葉ですが、これは真の意味のエリートではないことは、”学歴”という限定の言葉がついていることからも明らかです。本当のエリートには、知識や学歴は絶対条件ではありません。それ以上に重要な暗黙の力を身につけている(両方身につけているのが理想)ことが求められます。そして、そのための教育は、公教育と私教育(日本ではホームスクーリングは禁止されているため)にそれぞれ「何を求めるのか」を親が明確に意識しておくことが重要になるでしょう。

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  • 衆院選と塾の未来 | 教育研究所ARCS
    2014年12月15日

    […] なことです。前にこのブログの記事でホームスクーリングについて触れましたが(⇒エリート教育2.0②)、ホームスクーリングの強みは学校の指導要領という枷を無視できるところにあ […]

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