教育研究所ARCS

子どもはなぜ「今やろうとしてたのに・・・」と言うのか

教育・子育て

 

0620

先日、子育て中のお母さん方対象にネットで「子育ての悩み」について答える情報番組の取材を受けました。

この番組では、子育てでよくある子どもの態度、たとえば「思春期の男の子が母親に何も話さないのはナゼ?」とか「苦手教科を克服するにはどうしたらよいか」など、まァよくある親の相談に識者や専門家が答えるというものです。

で、今回私が受けた取材は「親が勉強しなさい」など言うと、子どもは「今やろうとしてたのにそんなこと言われたからヤル気なくした」とよく子どもが訴えるが、それはどんな心理状態なのか。また親はどう対応したらよいのかというものでした。

これを聞いて私は思わず笑ってしまいました。

いや、私も子ども時代そのセリフよく言ってたなという記憶があるし、生徒を教えるようになってからも親からよく聞かされてきたからです。

昔も今も子どもが親から「勉強しなさい!」と言われたときに答える定番のセリフ。それが「今やろうとしてたのに・・・もうヤル気なくした」という言葉なわけですね。

おっと定番ということなら親であるあなたもかつて子どもの頃に言ってたはず(?)ですよね()

えっ、憶えていない!?

そうですよね。忘れてますよね(苦笑)

マァ、思春期の自分の言動など大人になったらスッパリと忘れ去るものですから・・・。

ということで改めて「今やろうとしてたとこなのに・・・」という子どものセリフについて考えてみたいと思います。

「今やろうと思ってたのに・・・」はウソではない

だいたい親が子どもに「勉強しなさい」と言うときは自分がそれほど口やかましく注意しているという自覚はありません。それどころか毎日毎日ダラダラしている我が子を見て「イライラするけどあまりうるさく言ってもなあ・・・」と思って我マンに我マンを重ねた結果ついにカンニン袋の緒が切れて・・・という気持ちでしょう。

一方の子どもはというと、「少し休んでから勉強しようと思ってたのにうるさく言われたから一気にやる気が失せてしまったじゃないか」という思いでしょうか。さらに「ったくウチの親は勉強勉強とうるさいんだから」という被害者意識のような気持ちさえ募らせています。

この場合どちらが真実かというより、どちらも自分の思いに囚われている状態といえそうです。

要するにどちらの側も自分の立場からのみ状況を見ている。そういう意味ではどちらの思いも心理的には正しいわけです。

親からすると、夕食後にソファで寝てしまう子どもの姿をいつも目にしそれでも5回に1回くらいしか叱ってない(?)―つまり5回に4回はガマンしている―と思っているのに、たまに注意したら「今やろうとしたのに」と言われるのでよけい腹が立ちます。

「何言っているのよ。何も言わなきゃ毎日寝てるじゃない」というわけです。

このような親の気持ちは分かります。

しかしここは一つ冷静に子どもの立場も考えてみましょう。

多くの子どもは実は心の中では「勉教しなくてはいけない」と分かっているのです。

特に受験生などは「やらなければ」と自覚はしています。

そう、ここです。多くの子どもは「勉強しなくてはいけないと心の中で思っている」という事実。だから子どもはウソをついているのではありません。本気で勉強しようと思っているのです。ただし心の中で・・・。

本気でやらなければと思っているが身体が動かない()という状態。

「でもそれって、結局のところ本気でヤル気がないからじゃないの?」

と多くの親は思ってしまうでしょう。

「やろうと思ってたと言うけどそのわりにいつもダラダラしてるんだから結局それは言いわけでしょ」と。

しかしそれを言うなら親のほうも「うるさく言っているつもりはない。散々ガマンしてきた」わりにけっこうしょっちゅう「勉強しろ」と言っている事実を自覚していません。

なぜ分かるかというと、ウチの親ホントうるさくてと我々に訴えてくる子どもの親に限って「いいえ、私はあまりうるさく言わないようにしています」と妙にキッパリと言い張るからです。自覚がないのです。

双方から詳しく聞くと分かります。

うるさく言っている親ほどその自覚がない。

親は「言いたい気持ちをガマンし続けた」という怒りからそれほど口うるさく言った覚えはないのですが、子どもにしたらけっこうな頻度で言われていると感じているわけです。

子どもの心(頭)と身体は別々

心の中では「勉強しなければ」と思っている子どもと、「今やろうとしていたなんて言いわけだ。私は決してうるさく注意などしていない」と親。

どちらが正しいとか間違っているではなく、どちらの思いも心理的には正しい。つまり互いに主観的真実を述べているといえます。

なので親の対応法としてはこういうことになります。

1)子どもが「いま勉強しようと思っていた」というとき、「勉強しなければ」という気持ちがあること自体はウソではなく真実だと認める。

2)その上でいくら頭の中でそう思ったところで身体的行動に表れなくては意味がないことを認めさせる。

3)子ども自身がそのことを理解したら初めて「計画を立てる」「親に注意してもらう」など現実的対応法を認める

特に親がアドバイスするとしたら、(2)の部分で「心で思うこと」と「実際に行動すること」の違いを説明することです。

これは誰しも通過する過程であり、親自身も失敗の経験を話しながら生活リズムを習慣づける大切さを説くことが望ましいのです。

一度きちんと子どもと話し合うことです。

それをせずに頭ごなしに「勉強は?」「宿題はやったの?」「テスト近いんでしょ。何でダラダラしてるの?」と叱るだけではますます「ヤル気なくした!」が返ってくるだけです。

そしていつでも親が言う「勉強しなさい」は基本的に効果はないということを心に留めておいて下さい。(=ココ

当たり前ですが勉強に限らずどんなことも、本人が心からヤル気にならなければ「モノに」なりません。他人から促されて嫌々やることで実効をあげるものなどこの世に1つもないからです。

その意味で子どもたちが発する「今やろうとしてたのに・・・ヤル気なくした」という言葉は、子どもがそこまで追つめられていない、真底ヤル気に燃えていないのだということはいえます。親が感じているように「甘えている」「本当の意味でヤル気に満ちてるわけではない」のは客観的には事実です。

しかしやがて入試などが迫ってくると、そんな子どもたちも多くは「ヤル気スイッチ」が入り自ら勉強するようになるのであまり心配はいらないのです。

むしろ普段から親が子どもの態度(ダラケたふるまい)にイライラを募らせたり、細かく注意し過ぎることで子どもを受動的にしたり、それこそ勉強そのものに対して興味関心を失わせる方向へ追いやることがないよう気をつけるべきです。

確かに勉強もせずダラダラしている子どもを放置することは、親にとって心配であり罪悪感さえ感じることかも知れません。だから1度は先のようにきちんと話すことは必要です。

しかし、子どもも心の中では勉強しなければならないことは分かっているのです。

そのことを信じて見守りましょう。

その上で小さな失敗を子どもに体験させれば良いのです。

いまの親は子どもの失敗を恐れ過ぎています。子どもには、いや子どもだからこそ失敗する権利があるのです。(=ココ

やがて子どもたちも向き合わざるを得なくなります。親などに言われる間もなく自ら意識的に課題に立ち向かう瞬間が来るのです。

たとえば部活の大会や入試本番、就活・・・・etc

そのとき親は別の心配をしているかも知れません。

「あんなに頑張って身体こわさなきゃいいけど・・・」

「毎日夜遅くまで勉強ばかりして、睡眠不足になるのでは」

そのとき我が子が「いまやろうとしてたのにそんなこと言われたからヤル気なくした」と言っていたことなど遥か彼方の夢幻の世界―遠い記憶―に思えるでしょう。

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