教育研究所ARCS

好きなように自由に人生は生きてよい

教育・子育て

好きなように自由に人生を生きてよい

前回の記事で、若者が過酷な労働を避けるようになった背景として「モノを欲しがらない」という特徴を指摘しました。
それは物欲に駆られずガツガツしていないという点で、現代の若者が物質的欲望(価値観)に支配されていないという話でした。

何にでも光と影はあります。物質至上主義や生存欲求に動機づけられていないという意味では、確かに今の若者たちは精神性が高いと言えますが反面タフな活力やアグレッシブな行動力の点では物足りないところがあるのも事実です。

特に懸念されるのは、自立心と冒険(チャレンジ)意欲の乏しいところで、あまりに社会(大人)が用意した御仕着せのルールや常識に従い過ぎて、自らの人生をオリジナルに創造する気構えが見られません。
これは残念なことです。

今の若い人たちは親の影響もあってか、安全志向に走り敷かれたレールから外れることを異常に恐れすぎているように見えます。

私は若者によく「自分の人生は自分の好きなようにつくって良いのだ」と言いますがピンとこない人が多い。
自分独自の生き方よりも人と同じような生き方をする方が良いと思い込んでいる節があるのです。

たとえば小学校→中学校→高校→大学→就職という一本道をまっすぐ進まないとダメと思っているのではないでしょうか。

一昔前までは大学受験などに失敗して浪人する人はふつうに多かったし、大学生になってもバイトのしすぎ(?)などで留年したり就職も浪人してしまうことがよくありました。

こういう人は一見、遠回りの人生を歩んでいるようで実際はそんなこともなく、それどころか浪人や留年の経験が後の人生に生きてくることも珍しくなかったと思います。むしろ社会的に成功している人の方が多かったといえます。

今は、そういう「失敗」を極度に恐れる風潮があり大学へ入るに際しての浪人も劇的に減っています。そして大学に入ったら入ったですぐに「就職活動」しできるだけ大手の企業や花形産業を目指します。

何か人生にスキマというか余裕がない。

まさにトコロテン方式でドドっと皆で同じ方向を目指すというか、ブロイラー(食用の鶏)のように同じエサを与えられるというか、規格化された若者の大量生産をイメージさせられるのです。

今日の繁栄 明日は衰退

こういう現象は、以前にも言いましたが若者の気質の変化だけに因るものではなく、親も含めた社会全体の風潮に起因するところ大だと思います。

社会全体に失敗を許さない不寛容の空気があり、親世代も子どもが「レール」から外れることを極度に恐れている結果、若者が冒険しにくい時代になっているといえます。

親の皆さんともお話する機会が多いので、今の親たちがいかに子どもに「安心と安全」そして安定を求めているか分かります。それは親としては当然の感情であることも理解できます。

しかし、そういう親御さんにお伝えしたいのは「現在の常識で判断する安全は必ずしも明日の安全を保証するものではない」ということ。

また若い人たちにも、私の人生経験上伝えたいことは「安定(安全)思考はかえってリスク(危険)である」ということです。

先の就職の例で言うと分かりやすいかも知れません。

①花形の職種は長く続かない
良く言われることですが、昔から大学生などが就職先を選ぶときその時代もっとも活躍している花形の企業に集中します。
昭和20年代は石炭産業(石炭は黒いダイヤと呼ばれた)が好況で、東大出が殺到したものです。
昭和30年代は造船。それ以降は総合商社や航空産業が花形企業。さらにバブル期は損保や証券会社など金融系やマスコミ。その後は大手家電、自動車などを経て現在はITなどコンピューター関連へとめまぐるしく変化します。

つまり就職するとき活況を呈している花形産業や大会社も、入社して20年もすると衰退期に入り定年を迎えるころには斜陽産業となる可能性が高いということです。
私が学生の時すでに企業の寿命(活況期)は40年という「企業40年説」が流布していました。
今はもっと早いでしょう。

これだけ変化の激しい現在、先の見通しなど全く読めません。今どんなに安定しているかに見えても明日どうなるのかは分からないというのは、毎日のテレビニュースを見ただけで理解できます。

大きな会社に勤めるのが安全という考えは錯覚です。大きいからこそ小回りが利かず、時代の変化に取り残されやすい。
安定志向がリスクだというのはこういう意味です。

勤めなければ食べていけないは思い込み

さて安定志向が危険な理由は他にもあります。
むしろこちらのほうが大切かも知れません。
それは心理的な理由です。

②安定志向は他者依存と同じ
そもそも大きな会社が良いとか、公務員になって安定した生活が送りたいと言う発想自体がリスキーではないかと思います。
「この会社に入ってぜひこういう仕事がしたい」
「公務員になって国民のために尽くしたい」という燃えるような意思をもっている人なら良いのです。
しかし、「会社」とか「役所」という大きな存在に守ってもらいたいという保身第一の考えでは、生きがいを感じるほどの大事業は成し遂げられないでしょう。
それどころか「会社」という「他者」に自分の運命を預ける時点で、これは相当危険な賭けだと思います。

第一に組織が自分を守ってくれる保証は今の時代まずありません。倒産や解雇、思わぬ左遷の危機があり、何よりも「他者」に自分の生殺与奪の権限を握られることは不本意そのものの状態ともいえるわけです。

ある意味で、サラリーマン(組織に雇われることで食べている人たち)はもっともリスクのある立場かも知れません。
たとえばアメリカなどでは、有名大学を出た優秀な人ほど自ら会社を起こしたり、自分の能力をみがきキャリアアップを求めて独立したり、転職を繰り返すのが普通です。
この趨勢は世界的なもので、日本のように皆が一斉に特定の会社に行きたがる現象は珍しいといえるでしょう。

誤解のないように念を押すと、私はサラリーマンや公務員になることがダメだといっているわけではないのです。
ただ、「食うため」「安定を求めて」組織という他者に自分の運命を委ねることは、かえって今の時代危険だといっているのです。

それはただの依存です。誰かに雇ってもらわなければ食べていけないという発想自体を見直さないといけない。

自分の好きなことをしても食べていける!

いや、むしろ自分の好きなことをトコトン追究しそのために果敢にチャレンジして自分をみがき続ける気概をもつこと。
実はその方がずっと安全な道がひらけるのです。

なぜなら今はどんな企業、分野でもそのような人材(あえて人材と言いますが)こそを必死で求めているからです。

言われたことをソツなくこなす秀才型や協調的だが専門性(突出した能力や技能)のない人。コツコツ努力はするが発信力がない人。
こういう人たちは昔はいざ知らず今では歓迎されないタイプになってしまったのです。

ですから自分の人生を他人任せにするのではなくやりたことを自由にやることで、たとえ失敗があってもあきらめがつくし次のチャレンジにもつながり結果として、社会からも必要とされる。

このことを良く考えていただきたい。

未来は常に不確定であり、だからこそ自分の人生は自分が生きたいように創造していくものではないでしょうか。

そのためには「自分は無力だ 大きなモノにすがらないと不安だ」という自信のなさを克服しておく必要があります。

他人の眼を気にし、安全な道ばかり歩もうとする生き方はこれからの時代とてもリスキーであることをわきまえて、もっと自信をもって恐れることなく自由に生きる!!

人生は創造の喜びに満ちている。
だから、好きなように創り上げていけば良い。

若い人たちにいま一度この言葉を贈りたいと思います。

808 views

開催予定イベントのご案内

現在開催予定のイベントはございません。

お悩み相談室

子供に「だんだん苦手な教科が出てきたが、どこがわからないのかがわからない」と言われた

子供に「だんだん苦手な教科が出てきたが、どこがわからないのかがわからない」と言われた

最初から核心を書いてしまうと、この台詞には二つの意味があります。一つ目は「(ある単元、分野の説明を)一回聞いたが頭がこんがらがったので、(面倒くさいから)あきら…

中学受験が子どもをダメにする

「本当の学力」を望むなら、親は思い込みを捨てなさい。

ついに管野所長の書籍が発売となりました。講師歴35年以上、長年の教育実践の経験を1冊の本にまとめました。中学受験を検討中の方、子どもに本当の学力を望む方はぜひ読んでいただきたい書籍となっています。

ご購入・Amazonレビューはこちら

1件のコメントがあります

  • mm
    2016年3月21日 12:51 PM

    大学に関してもそう思います
    世界の多くの国が 社会人になってから大学に入ったりもよくみられる現象ですが 日本ではストレートに行くことが一般的ですよね。みんながやることをするのがいい という全体主義的な国民性と小学校からの全体主義教育(個性的な子供は問題児にされるし みんなと同じことができないと評価されない)があるからと思います
    本来大学は学びたい人だけが行くべき場所で学歴のために行く場所ではないですが、日本では大半が将来のために大学に行く・・・・・・。だから大学生が勉強しないですよね
    困ったものです・・・本当は中卒→社会人→やはり学びたいから自分でお金をためて大検で大学へ という人がもっといても良いと思いますが それを卑下するような空気が日本にはありますね。。

     話は変わりますが 前回記事とも関係しますが、先生は公立一貫校の受験をどうお考えになっていますか
    小学生の息子がいて 一時期(私自身がそつなくこなすタイプで、いわゆる受験勉強向き、早期教育もなし、親に勉強を見てもらわずとも短期間の勉強でトップクラスの中学に受かったために高校受験よりも楽でいい、高校受験がないのでいっぱい遊べて楽しかったという偏見があり)私立受験を考え通塾もしましたが 明らかに私と違いじっくり考えるタイプで暗記も好きでなく、いわれたことをそつなくこなすという私立中学受験には一番必要な能力に欠け、やりたいことだけ熱中してしまう幼い息子には クラス替えなどのストレスのみが目立ちさっさと撤退させましたが、地元に倍率の低い公立一貫があり、そこへの勉強をしたい、受けさせてほしい、と本人がいうために受けさせていいものか迷っております。もともと作文などが苦手なため 逆にそれを勉強することで受からなくてもいいのではとも思ったり 残念だった時の心の傷が高校受験に響くのではと思ったり。周囲の受験率9割という教育熱心な地域に住んでおり 周りの影響もあると思いますが、そのため地元の中学も私立残念組や帰国子女が多く まったく荒れていません(というよりみんなの学力が高く内申がとりにくいです)
    公立受験の記事もいつか書いていただきたいです・・・

コメントはお気軽にどうぞ

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

CAPTCHA