教育研究所ARCS

進路と教育システム

教育・子育て

10月に入ると、私の勤めている塾も受験色がどんどん強くなっていきます。この時期受験を意識し始めるのは、高3よりもむしろ高2です。高3は当事者ですから、最後の追い込みに入ります。高2はいよいよこれから受験の一年間が始まる、その瀬戸際で気持ちの切り替えを進める時期なのです。

そんなわけで、私も高2の生徒と将来の進路について話をすることが多くなります。どんな学問分野に興味を持っているか。将来何になりたいか。定番の質問です。この時期になると大体5割ほどの生徒は、なんとなくですが将来のイメージを持つようになります。しかし、残りの5割はまだ「白紙」状態。やりたいことがなく、特定の学問分野への興味も無い。この状況は昔から変わりません。これはいったいどういうことでしょう。

学校の授業から何を得るか

高校生は週5日から6日、朝から夕方まで学校に通い授業を受けます。この時間を合算してみれば、すごい長さになりますね。にも関わらず、そこで学んでいる内容から将来につながる“何か”を得ている生徒はあまり多くありません。教科に関する知識は学ぶものの、その知識も定期テストのためのツールとしてしか位置づけられていない現状です。この状況を批判するときに、我々はよく「学校の授業のクオリティを高めるべき」であるといいます。「生徒の興味関心を刺激するような授業」をするべきである、と。でも、よくよく考えてみると、それは少し酷です。

高校の位置づけ

現在の普通科高校のカリキュラムは明らかに「ジェネラリスト」を養成する下地を作るものです。将来それをバランス良く使う立場になることを前提として文化系の能力も理数系の能力も平均的に養成するものなのです。つまり、社会の指導的人材を育成するものといっても過言ではないでしょう。戦前のように高等学校が一握りのエリートのものであれば、それで問題はありません。彼らは高校、大学で「すべて」を学び、そのすべてが必要になる地位に就きます。道はあらかじめ用意されていますから、進路の悩みはありません。よって、与えられた時間を全部知識の習得に投入することができます。

一方でジェネラリストではなく、専門家になる場合には、普通科とは異なる教育の場が用意されていました。その道は現在でも高専や専門学校として生き残ってはいるものの、進学する生徒は多くはありません。昔のように家にそれぞれ「家業」があり、その家業を継ぐことが当たりまえであればよいのですが、現代のようにあらかじめ定められた将来が存在しない場合には、中学卒業段階から進路を限定してしまう選択はなかなか難しいのです。

このような状況から、現代の高校の普通科には二つの役割が与えられています。一つは「全体的な知識の教授」であり、もう一つは「進路を定めるきっかけ作り」です。しかし、現状は前者に大きく偏っています。それもそのはず、網羅的な知識を教授するためには非常に長い時間が必要になるからです。結果として、高校は知識を得る場になり、進路選定は各人の自由に任されていきます。

大学の位置づけ

高校の位置づけは大学の位置づけにも大きな影響を与えます。将来の進路を高校で決めない以上、その決定は大学に持ち越されるしかありません。にもかかわらず、大学は入学段階で大まかな方向性の選択(学部学科選択)を生徒に求めているのです。ですから、「大学にとりあえず入ったけど、選んだ学部はなにかしっくりこない」という生徒がいても当然でしょう。将来像を決める場である(ならざるをえない)大学なのに、そこに入るためには将来像をあらかじめ定めておかなければならない、という矛盾があるのですから。もう何十年も前から「大学のレジャーランド化」が問題視されていますが、これは学生の気質の問題と言うよりは構造的な問題なのかもしれません。

進路をどこで決めるか

ここまで見てきたように、現在の教育システムの中にはじっくり将来を決める余裕はありません。ではどうすればよいのか? 考えられる方策は二つあります。一つは大学の「教養学部」系を目指すことです。戦前と同じように高校、大学と「すべて」を学び、学び終えたらそのすべてを必要とする職業を目指す道です。これはとても魅力的ですが、一般的ではありません。そもそも「すべて」を高度なレベルで学ぶのはとても大変ですし、教養学部系も東大のような突出した大学にしか存在しません。言葉を換えれば、「すべて」においてトップレベルでなければならないのです。

もう一つは、将来の進路選択を「学校以外の場」が担うことです。たとえば家庭、たとえば塾。これまでいわゆる「進路を決めるための教育」は「オプション」と見なされてきました。学校の成績を上げることには塾の費用が払えても、進路を決めるためにはお金は払えない。それが当たり前でした。しかし、将来の志望を決めるきっかけ作りというのは、学力と同様、あるいはそれを上回る重要性を持っています。そして、知識を伝授する授業の「片手間」でできることでもありません。志望校を決めなければいけないから大急ぎでとりあえず、と決められるものではないのです。

「うちの子は何も考えていない」と悩む保護者の方にお伝えしたい。今の学校教育のシステムでは、将来を考えさせることは難しいのです。ですから、こここそが家庭の出番です。子供に職業や学問分野についての情報をできる限り与え、適性を探してあげてください。また、塾に通わせている場合には、この方面でうまく塾を活用してください。高校時代に方向性を見いだせた生徒は、その後大きく伸びます。大学在学中にその方向性が変わったとしても全然問題ありません。「なにもない」という状態以外であれば、必ずうまくいきます。

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