教育研究所ARCS

シリーズ教育を斬る!第1回「法曹界から見る現代教育」

第1回「法曹界から見る現代教育」

本企画は、教育研究所ARCSが指摘する「現在の小学校から大学までの教育の問題点」「今後の日本にはどのような教育が必要か」という点について、各界で活躍する方の視点から意見を伺うものです。

子どもたちを取り巻く教育環境に鋭く斬り込むことで、多くの方への参考となれば幸いです。是非ご一読下さい。

ゲスト:西田穣 弁護士(東京東部法律事務所所属)
聞き手:池村卓人(教育研究所ARCS主任研究員)

ゲストプロフィール

西田  穣弁護士栃木県宇都宮市生まれ
千葉県立東葛飾高校、慶應義塾大学文学部史学科卒
聞き手の池村とは高校時代の同級生である。
http://www.tobu-law.com/profile_nisidaminoru

‘自由’であることの難しさ

―西田弁護士は、その職業柄いろんな方と接する機会が多いですよね。そのような経験から、今の日本人に欠けている思考や、教育そのものの問題点について思うところはありますか?

西田:教育の問題点で一つ言うとすると、‘正答が求められる’という風土があること。それが教育のマニュアル化につながっていることだと思うんです。実際に人と接する中で「自由な思考」が奪われていると感じる場面があります。どうしても教えられたことの枠組みの中で「どこかにある正解」を探そうとしてしまうんです。

―学校教育の中で目標の一つになっている「入試」が、あらかじめ用意された正解を求める形式になっていて、それがいわゆる「勉強=答えを覚えること」という図式につながっている。それが物事を考えるときの背景に根付いてしまっているということでしょうか?

西田:私は必ずしも暗記教育が悪いとは思っていないんです。やはり最低限の知識というものは絶対に必要になるし、それはあって然るべきだと思います。ただしそこで得られるのは思考する上で必要な‘知識’であって、それをもとに何かを解決しようとしたときに、「この知識を使ってこのように解答を導けばOKですよ、丸がもらえますよ」というところで終わってしまうところが問題だと思っています。

―なるほど。まさにその通りだと思います。

西田:これについて私は‘教師の自由度’とも関連があると思っています。昔は良くも悪くも教師の裁量に任されていた部分が多かったので、生徒に興味を持たせるために教科書を逸脱した部分からも教えたり、自分でサブ教材を作ったりしていましたよね。でも最近は家庭からの要望や苦情でどんどんその裁量がせまくなっていると聞きます。

―そうですね。親が‘目先の点数’に直結しないことに対して理解を示さないケースは増えてきました。

西田:それに対して学校教師が逆らえない。結果、教師の方が当たり障りのない授業をするという、まあ悪循環ですよね。じゃあどうしたら良いかというのは難しいですが、とにかく社会全体が自由というものに対して不寛容になっている、というのはあると思います。そうなると、「これはこういうものだから細かいこと考えずに覚えなさい」っていう安易な指導になってしまう。

聞き手:池村―最近になって、ようやくアクティブラーニングと銘打って、教師のトップダウンで知識を与えるのではなく、生徒個々が主体的に問題解決に取り組むスタイルの授業に移行しようという動きがあります。ただ、それも中途半端なんですよね。ひとまず何でもよいから「何か自分の意見を出してみよう」というところで終わっている。

西田:それはありますね。一昔前に比べたら自由に意見を述べ合った方がよいという風潮が強まってきて、さも自由な議論ができているように錯覚してしまう。これは大人社会でもよくあることです。実際、本当に自由に発言させようとすると、司会者がそれをうまく良い議論に発展させる力量がないと単なる発表会で終わってしまいます。

―教師の側に相当な力量が問われますね。

西田:そうです。だから行き着く先として、そういうディスカッションのようなものにもなぜか‘正解’が存在するところからスタートして、最終的に親や教師が望んでいる特定の結論に誘導してしまうんです。

―議論の有効な手法はありますか?

西田:ディスカッションで教師がやるべきことにはいくつかのパターンがあります。一つは「全く口を出さず、問題提起だけをする方法」です。でもこれは必ずしも正しいやり方とは言われていません。生徒たちに十分な基礎知識がない状態でそれをやってしまうと先ほど話題に上がったような状態になってしまいます。二つ目は「教師が特定の意見の側に立って、反論を求めるように進めていく方法」です。これはある程度有効な方法ですが、教師の意見が強すぎる場合にはその結論に半ば誘導してしまうことになります。最後は「フラットな立場で、いろんな視点を提供していく方法」です。これが一番理想的な方法だとは言われていますが、難易度が高いので二番目のやり方がやりやすいかもしれません。いずれにせよ前提として、教師がどちら側にも立って話ができ、かつ様々な角度からの視点を提供できる能力が求められますね。

―ただ、現状として行われている議論は「正解」を求めるものになっている、と。

西田:そこが残念ですね。少なくとも、「最初はこう思っていたけど、今日の議論で少し考えが変わったかも」と、思えるようなものにはしていかないと。

―自由度を高め、柔軟な思考力を養成する教育をするためには、端的に言って‘教師側の深い勉強や研究’が必須になりますね。

西田:ディスカッションに限らず、現状の一律化した教育を打開するための重要なファクターの一つはそれだと思います。

社会的関心が一つの鍵に

―教師側の課題とは別に、今の子どもたちに必要だと思われる視点は何でしょうか?

西田:少し話がそれるかもしれませんが、これから選挙権が18歳から与えられることになりますよね。当然そこで高校生の意識の問題が出てくると思うし、自分で考える力が求められるわけです。で、いまの大人の中には‘政治的中立’の立場にいたいと思っている人が多くて、これは別に構わない。ただ、政治的中立を‘政治的無関心’であることと混同している場合が多いと感じています。私は政治的中立というのは、「時世に応じて選挙権を使い分けて行使すること」だと考えています。なぜこんな話をするかというと、選挙というのは色んな意味で自分の思想とか思考というものを確立させる絶好の機会だと思っているからです。そこに対する関与を避けてしまうと世の中に無関心になるし、結果的に教育を受ける意味も分からなくなってしまいます。

―諸外国と比べて、日本人の社会や政治に対する関心は低いと言われていますね。その原因についてはどうでしょうか。

西田:同じ自由な国の中でもフランスやイギリスと比較すると投票率の差は顕著ですね。特にフランスは学生の社会的関心は高い。日本は良いか悪いかは別として、長きに渡り自民党が政権を握ってきて、ある程度は安定した生活を送ることができてきました。だから「自民党か、それ以外か」という概念しか持ち合わせていないじゃないですか。

―あ…それは耳が痛い(苦笑)。

西田:我々は政治家が議論していることに対して、「判断する能力」を持たなくてはなりません。そのためにはしっかりとアンテナを張って情報を集め、今回はこっちの政策の方が良いだろうとか、この政党の掲げていることが正論だ、など自分の頭で考える力も同時に必要です。「バランスをとる力」と言い換えてもいいかもしれません。少なくとも「なんとなく…」という基準や、中身でなくイメージだけで判断しないことです。

―政治に関心を寄せれば、そういう良い意味でのバランス感覚のようなものを持つきっかけになると?

西田:そう思います。関心を持って調べたりしていくと、「なぜ今こういう問題が起こっているのか」ということがわかるようになって、さらにそれが歴史的な背景にいきついたりして自分の知識の幅がさらに広がっていくじゃないですか。

―同感です。それはまさに学生時代に学んだことの意味に気づく瞬間ですよね。

西田:そうなんですよ。だから、できれば若いうちにそこに気づきたい。歴史だけじゃなくて数学なんかでもそうだけど、学生時代に勉強していることは基本的に無駄じゃないですから。本当に現代に生きていく上で活用できる知恵です。受験勉強というものも、本当の意味では取り組む価値のあるものだと思いますね。

―それなのに、現状としては目先の点数を取るための手段として捉えている人が多いというのがもったいないと思うのですが。

西田:そこで私が若い人たちに言いたいのは、「皆さんはいずれ社会に出て、主役として活躍する人たちなんですよ」ということ。もしかしたら新聞で報道されたりするぐらいの。あ、もちろん犯罪者としてではなくね(笑)。

―そっちで有名にはなりたくないですね(苦笑)

西田:で、自分は主役としてどういうふうに活躍したいのか、どんなふうに評価されて報道されたいのか。そういう観点で将来像を描いてほしいんです。だから新聞を読みなさいっていうことにはなるんだけど、それは決して受験や就職に役立つからではなくて、「そういう人間になるためにどうすればよいのか」という目的意識を持ってもらいたいわけです。その視点に立てれば、今の学習環境の中で自分がやりたいこと、やらなきゃいけないこと、それらが自ずと見えてくるはずなんです。そういう「逆算する勉強意欲」を持ってほしい。

聞き手:池村―そのメッセージをどうにかして若い人たちに届けたいですよ。ただ、我々を含めて大人たちが「どうにか人並みに…」という思いがどこかにあるような気がします。だから子どもたちが「自分もいつかこんなふうに活躍したい、社会に貢献したい」という気持ちになるような接し方になっていない、という問題もあるのではないでしょうか。

西田:まあ、先ほどの「判断する能力」「バランスをとる力」っていうのが、そもそも今の二十代から四十代の大人に一番備わっていないものですからね。子どもに対して選挙についてちゃんと説明できる人も少ない。だから「社会で活躍したい」という気持ちを子どもに持たせたいと思ったら、親世代が意識を変えていくことが大前提です。

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