すべり止め以外の高校を受けるつもりはないが、そんなに受験校は必要なのか
まず、冒頭から結論を言うと、「絶対に必要」です。
回答者:庄本 廉太郎
こう書くと「そりゃ、塾の先生は実績稼ぎをしたいから…」と疑われてしまうかもしれません。もちろん数多い塾の中には実績稼ぎのために受験を進めるところも一部あるでしょうが、大半の良心的な塾では全く別の目的から進めています。今回はいわゆる「塾講師の内心」を書いてみましょう。
入試の問題レベルから考える
高校入試、大学入試を問わず、日本の受験では通常、偏差値の低い学校が早い時期に、高い学校が遅い時期に試験を行うようになっています。つまり、すべり止め→実力相応→チャレンジ→第一志望と受験校の位置づけと時期の早さがシンクロしていることになります。しかし、ここで勘違いしてほしくないのは、偏差値の高低があったとしても、問題自体の難しさには大きな差はないということ。偏差値の高低には志望者全体の学力水準や募集人数などいろいろなファクターが関係してきます。そのため、偏差値が低い学校だから問題も簡単だろうと思って受けてみると、思った以上に難しい、という現象が起こるわけです。
となると、「すべり止めや実力相応校の簡単な問題から慣れて、第一志望校の難しい問題にチャレンジする」という意味では、複数校受験はあまり効果がないことが分かります。この考え方から複数校受験をした場合、むしろ、上に述べたように、簡単だと思っていた学校の試験の意外な難度に驚いて生徒は自信喪失してしまうかもしれません。ですから、複数校受験の価値は他の部分にこそあるのです。
それは「第一志望校レベルの模試を何度も受けられる」こと、そして、「同じレベルの試験では、同じパターン・内容の問題が出やすい」ということ。すべり止め、実力相応、チャレンジと複数校受けることで、まずその試験問題を模試として活用することができます。問題に「慣れる」ためには、同じレベルのものをこなす必要がありますから、試験本番の場でこれができるのは非常にありがたいことです。さらに、A高校(大学)で出題されたのとほとんど同じ問題がB高校(大学)で出題される、ということも意外と頻繁にあります。つまり、第一志望のA高校(大学)の前に4校受けたとすれば、それはつまりA高校(大学)の予想問題集を4回解いたのと同じなのです。
証としての合格、気づきを与える不合格
受験戦略の上では「絶対に通うことはないだろう」高校(大学)を受験することがあります。この意味はどこにあるのでしょう。まず、合格した場合、それは生徒が「公的に“選ばれた”証」になります。合格とはつまり、ある高校(大学)が、その生徒を「ほしい」と言っているということ。「選ぶ」ことを極端に嫌う日本の公教育では、小学校・中学校の段階で明確に「君は他の人よりも優れている」と何かに選ばれる経験はほとんどありません。高校入試は特にその最初の経験であり、合格は強い自己肯定を生み出します。こう言うと「行きたくないところから選ばれてもうれしくないのでは?」と思われるかもしれませんが、入試時期という極度のプレッシャーの中では、生徒たちは驚くほど「うれしい」「ほっとした」と思います。
では、不合格になった場合は? 不合格もまた、受験に大きな意味を与えてくれます。生徒たちは合否が出て初めて受験にリアリティを持ちます。これまでの勉強で取りこぼしてきた部分に心底向き合い、自分を変えようとするのは、不合格という極度にリアルな衝撃を受けた場合なのです。そのため、実は我々講師は裏で「この生徒は○○高校で一度不合格を体験させて、目を覚まさせてから第一志望に行ったほうが良い」などと計画を立てていることもよくあります。
このように、受験の合否はどちらであれ生徒に強い影響を与えます。それが「絶対に行くことがないであろう」学校だったとしても、です。講師は生徒の性格に合わせて「証」を手に入れて第一志望で勝負するパターン、あるいは「気づき」を得て目を覚まし第一志望で勝負するパターンを考えます。このようないろいろな戦略は、生徒がある程度多くの学校を受験することによって可能になりますので、受験しないのであれば戦略を立てることすらできないのです。そんなわけで、複数校受験を是非オススメします。ちなみに、目安はだいたい5~6校です。
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