【第7回】子どもが塾へ通うワケ
今小学生の半数以上、中学生の80%近くが学習塾へ通っています。どうしてこんなに多くの子どもたちが塾に通っているんでしょうか? これに対しては「勉強が大変だから」「受験があるから」という答えが返ってくると思います。その結果子どもたちは塾通いで時間がない、小さい頃から受験に追われて大変…という感想も出てきます。そこから学歴社会や塾に対する批判も起こってくるんでしょう。「昔は塾なんてなかったから子どもたちにはもっと自由があった」こういう回顧趣味も背景にあると思います。
学習塾もおけいこ事(習い事)の一種
でも私はこう考えているんです。学習塾もおけいこ事の一種なんだと。日本人はとってもおけいこ事が好きなんですね。例えば私の小さい頃は皆そろばん塾へ行ってました。あと習字とかオルガン―ピアノは一部のお金持ちだけ―も。そして今の子どもたちは昔と比べものにならないくらい、小さい頃からおけいこ事に通っています。水泳教室や絵画ピアノなどの芸術系。英会話や公文などの勉強系。それから地域の少年野球やサッカーのスポーツ系。これらの一つもやってない子は珍しいくらいです。最近またそろばんや習字が復活しているのも面白い現象ですね。バレエも人気があります。私の塾でも生徒たちは塾の他にも習い事を何かしらやっているのが普通です。
このようにおけいこ事(習い事)は今も昔も盛んです。もちろん親は情操教育の一環として通わせているんですけど、これほど幼児から大人のカルチャースクールに至るまで「教育機関」がたくさんあって、多くの人が通っているという国は珍しい。要するに我々日本人は習い事が好きだということです。
こういう習い事好きの伝統は昔からあり、さかのぼれば男の子なら柔剣道・読み書きそろばん。女の子なら裁縫・習字。勉強系も実は大昔から盛んでした。あまり知られてないのですが、すでに中世の頃、僧などを中心に勉強(簡単な算術や読み書き)を教える専門の人が村々を回って子どもたちに教えていた記録が残っています。江戸時代の寺子屋は有名ですが、各藩には藩校や学問所という公式な教育機関―今でいえば学校―があり、どこも盛況だったんです。近代―幕末―に入ると、それまでの正統的な学問―儒学や国学―に飽き足らない進取の気性に富む若者たちが西洋の学問を習うために「塾」に殺到しました。「松下村塾」や「適塾」「慶應義塾」などはこれらの塾の中でもっとも有名なところですね。ちなみに幕府を倒し、近代日本を創立したのはこれら「塾」出身の若者たちでした。面白いことに習い事も含めて教育といえば民間教育なんです。「民間の活力」という言葉がありますが、「お上の官制教育」より自由度が高く、活力に満ちているのが特徴です。昔からこういう地道な民間教育が庶民レベルにまで浸透しているからこそ日本は近代化にも成功し、大戦後も焼け野原から復興できたんです。
何か、おけいこ事の話からエライ大きく広がってますけど(汗)。大きな話ついでにもう一つ言っちゃいますが、日本人はおけいこ事を単なるヒマ潰しでやってるんじゃなくて、柔剣道というように「道」を究める姿勢があるんですね。これは必ずしもプロを目指すというのではなく(勉強でも仕事でもそうですが)、習うという事を通して精神を集中したり、心身を整え規律や鍛錬を身につける。つまり習い事はうまくなるだけではなく、習得する過程を通じて成長することが大事であり、一種の修行に近いと言えるでしょう。
おけいこ事に子どもを通わせる親の気持ちも、子どもをプロにしようという気持ちよりも先に「色々な教育環境を与えて自分に合ったものを選ばせたい。それを通じて成長させたい」ということがあると思います。塾も―やっと塾の話に戻った(笑)―同じだと思います。マスコミが言うように何がなんでも有名校に合格させたいとか(そりゃマァ学校の成績くらいは上がってほしいと思っているでしょうけど)他人と差をつけたいとか思って通わせているわけじゃないんです(そんな親に会ったことがない!)。肝心の子どもたちも塾で「しゃかりき」で勉強しているわけではありません。そんなに猛勉強していたら学力低下などあるわけないですから(笑)。
実は子どもたちは「楽しい」から来ているんです。これもおけいこ事と同じですね。