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対談 KSチャンネル 第103回

AIは、鏡である

管野淳一(教育研究所ARCS 代表理事)× 中村祥一(AI活用の専門家・ARCS顧問)

「AIって、鏡みたいなものだと思っているんです。自分の中に何もない人がAIと語っても、何も出てこない」── KSチャンネル 第103回より

第一部 ── 一冊の冊子から

翌日には、本になっていた

対話は、管野先生自身の「体験」から始まります。この番組の少し前、管野先生は保護者向けに、太平洋戦争についての講話を行いました。日中戦争の発端となった盧溝橋事件1から、ミッドウェー海戦、ガダルカナルの戦いまで、三時間におよぶ長い語りです。それを中村が録音し、AIにかけました。

管野私は本当にびっくりしたんですよ。あれだけ長く喋った内容が、もう翌日には一冊の冊子になって出てきた。しかも、私が話した内容が、ちゃんと皆さんに語りかけるように、抽象化されて整理されている。行方不明の兵士の話にも、「これには諸説ある」と根拠がちゃんと図で出てくる。さらにそれを参加者にお配りしたら、大変喜ばれて ── 中には、戦争に行ったおじいさまの仏前に、その冊子をお供えしたという方までいたんです。

管野先生は、もう一つの「体験」も語ります。我孫子にゆかりの深い文学者、志賀直哉2と「対話」できるという仕掛けを、試してみたときのことです。

管野志賀直哉が、実際に喋るんですよ。私が「弟子の阿川弘之さんについてどう思いますか」と聞いたら、「いや、阿川くんはね」と答えるわけです。「あの人はなかなかの人物なんだけど、私も時々厳しいことは言いましたがね」と。それが、ちゃんと阿川さんの伝記とも一致している。不自然なところが全然なくて、本当に志賀直哉が話しかけてくる実感が湧いた。これはすごいな、と。

それまで管野先生にとって、AIは「出来のいい人工知能」という言葉が先行しているだけの存在でした。それが、社会や仕事の進め方をどう変えていくのか。番組は、その問いから始まります。

第二部 ── AIは鏡である

§1 ── 出したものが、返ってくる

管野まず、社会というものが、AIによってどう変わっていくと、中村さんはお考えですか。

中村もう、僕の実感としてはガラッと変わっていて、この番組に出る前と後で、世界がまるっきり違って見えているくらいなんです。管野さんもおっしゃった通り、ご自身が話したことが、翌日にはもう本のようになって皆さんが読める。何かをやったときのアウトプット ── 本でも音楽でも ── が、一瞬でできてしまう。だから僕は、AIって、鏡みたいなものだと思っているんです。

管野鏡、ですか。

中村そう。自分の中に何もない人がAIと語っても、AIからは何も出てこない。適当な返しが出るだけです。でも、あの戦争の話のように、三時間ぶんの濃い中身があると、AIもそれに見合った濃い対応を返してくる。こちらが映したものが、そのまま返ってくるんです。

ここで中村は、「本ができるまで」の昔と今を比べます。

中村今までは、喋った後に本にするには、文字起こしをする人、構成をする人、出版する人 ── いろんな人がいて、その連携があって、初めて形になった。喋って翌日に本になるなんて、ありえない。

管野半年ぐらいはかかりますよね。

中村しかも、途中のどこかで止まって、結局本にならなかった、ということもよくある。それがAIを使うと、あっという間にアウトプットされる。だから、その人が話した内容が良かったのかどうか、フィードバックがすぐに返ってくる。仏前にお供えした、なんていう反応も、配った翌日にはもう僕のところにメールで届きました。

地道にやってきた人が、正しく報われる

この「即座のフィードバック」を、中村は単なる時短の話にとどめません。

中村これは言い方を変えると、ちゃんとしたことを、地道にやってきた人に対しての評価が、正しく返ってくるということなんです。AIは手を抜くための道具じゃない。むしろ、地道に中身を積んできた人が、それにふさわしい評価を、適切な時期に、素早く受け取れるようになる。

管野結局、AIが何でもかんでもできる、という話じゃないんですね。話す人の持っている素材が薄っぺらだと、それなりのものしかできない。中身のある人のものは、瞬時に、評価に耐えうるものが出てくる。

中村それに、一つの能力に秀でた人がいても、それを「本にする」のは、また別の才能だったりするじゃないですか。事務作業が苦手とか、まとめるのが苦手とか。そこにAIが間に入ってコラボレーションすると、足りない分を補ってくれる。一つ抜きん出たものがある人ほど、AIを使う価値が出てくるんです。

管野私は以前から、教育論として「平均的にどの教科もいい、だけでは使い物にならない。得意教科を持て」と主張してきたんですけれど、まさにAIの時代になると、それが加速されると。平均的なものは、AIがどんどん作ってしまいますからね。

§2 ── 言葉にできない人ほど、伸びしろがある

では、自分では気づいていない「隠れた良さ」も、AIは引き出せるのでしょうか。

中村あります。むしろ、言語化できている人よりも、言語化できていない人のほうが、伸びしろがある。たとえばアーティストで、絵はうまいけれど、なぜうまく描けるのかを説明できない人。運動が得意だけど、なぜ得意なのか言葉にできない人。そういう人の「言語化」を、AIはすごくうまくやってくれるんです。

管野言語化をうまくやる、というのは。自分が絵がうまい理由を、並べてくれるということですか。

中村AIと何度も会話していると、これまで「なんとなくこうかな」だったものが、だんだん自分でも自覚できるようになる。AIと会話するうちに、自分の言語能力そのものが上がっていくんです。潜在意識にあった本音のようなものが、対話の中で浮かび上がってくる。だから、セラピー的な使い方をしている人もいます。人に話すより、AIになら話せる、という。

管野問いかけて、答えが返ってきて、それにまた問いかけるうちに、自分でも気づかなかった深い部分が浮上してくる。

中村逆に言うと、自分の中に何もない人は、いくら会話しても何も出てこない。「AIを使っても、適当なことしか言わない」「嘘しか言わない」と感じる人は、AIに問題があるというより、実は自分の側に原因があるかもしれない ── そこに気づかないといけないんです。

八十点か、百五十点か

中村は、これを一つの「掛け算」で説明します。

中村自分が八十点ぐらいの問いを投げると、AIも八十点で返してくる。それは、〇・八かける〇・八で、六十四点になってしまう。でも、自分の中に「百五十点で返したい」という何かがあると、AIもそれに応えてくる。一・五かける一・五で、二・二五 ── 二二五パーセントになって返ってくるんです。

管野指数関数的に変わる3、ということですね。これは、皆さんどう思いますか。「AI時代が来て、便利になってよかった」と、ただ喜ぶんじゃない。むしろ、勉強することが大切になる、ということですよね。内面の知識や関心が深くないと、結局その人のレベルに応じたものしか返ってこない。知識、経験、どれだけ深く考えているか ── そういう人間力のある人とない人とで、AIを使っても、かえって差はどんどん開いていく

図1:AIは鏡 — 出したものが増幅して返ってくる
図1:AIは「鏡」── 出したものが、増幅して返ってくる

§3 ── 会社から、人が減っていく

話は、企業の姿へと移ります。

中村合理的に楽をしようと思っている人の仕事は、最終的にAIが代わりにやってしまう。すると企業は、その人を雇う必要がなくなる。だから、会社の人は間違いなく減っていく。アメリカでは、ベンチャーキャピタル4 ── 企業に投資する専門の集団ですが ── が、今、人間が多い企業には投資をしなくなってきている。「社員がAIじゃないと評価しない」という方向に、傾き始めているんです。

管野つまり、社員が何千人もいる大会社が、投資家から見るとむしろ避けられる。日本人はずっと、「いい大学を出て、大きな会社に行くのが安泰だ」という価値観でやってきた。高度成長期にできあがった、その価値観が、逆になる、ということですか。

中村アメリカ的な合理性で言えば、そうなります。会社を「国債の利回りを上回る収益を出す装置」として見る投資家からすれば、人が多くて収益が上がらない会社は、評価されない。ただ ── これはこれで、アメリカでも問題になっているんです。

「答えを急がない人」の価値

中村僕が思っているのは、その逆のことでもあって。「この人は、仕事の効率としてはそこそこだけど、いてくれるとチームが回る」という人がいるじゃないですか。よくネガティブ・ケイパビリティ5と言いますけど ── すぐには答えを出さない力。AIはすぐ答えを出す。人間でも、面倒だからと放置して答えを出さない人はダメですが、よく考えてから答えを出す人は、逆に評価される可能性がある。AIがやる「すぐ返す」個体とは別の、人間にしかできない個体として。この能力は、これから意識して鍛える必要があると思います。

管野そうすると、総務、営業、財務といった部門の、事務的な作業は、かなりいらなくなりますね。

中村そもそも、これから会社を起業するときには、最初からそういう部署を作らない、ということになる。

§4 ── そして、家族経営が見直される

ところが、話はここで意外な方向へ折り返します。

中村合理性を突き詰めると、「もうAIでいいじゃん」となってしまう。その時代が来て、大変なんですけど ── 逆に、その時代になると、「ファミリー的な価値観って、良かったよね」という揺り戻しが起きる。今、アメリカでも、日本的な家族経営の会社が、逆に評価され始めているんです6

管野家族経営というと。私なんかも、役員に妻を置いたりしていて、それは「家族経営ですね」と、一段低く見られるのが普通だったんですけれど。

中村それが、評価されるようになる。会社を作る目的そのものが、変わってきているんです。投資価値以上のものを出して株主に還元する ── そういう会社だけじゃなくて、「仲のいい人たちで、どうやって楽しく暮らすか。そのために、お金を稼ぐことを、ちょっと楽しく考えてやりましょう」という方向。

管野ライフスタイルそのものが変わる。単に収益を上げて株主に還元するのではなく、会社を回していくこと自体が楽しみで、そこで働く人も楽しく仕事ができる。そういう価値観が大事だと、AIによって、逆に思わされる、と。面白いですね。

図2:会社のかたちが変わる — 合理化の先で家族経営が見直される
図2:会社のかたちが変わる ── 合理化の先で、家族経営が見直される

第三部 ── 次回へ

第一夜は、こうして幕を閉じます。管野先生は、次回への橋を架けます。

管野今の話を聞くと、古い教育観を持っている親御さん ── 「ガリ勉して大企業に行けば安泰だ」と思っている人は、考え方を変えないといけない。学校教育そのものも、変わらざるをえない。じゃあ次回は、AIによって、教育はどう変わるのか。その話を、お聞きしたいと思います。

ご家庭で話してみてください

この対話を「読んで終わり」にしないために、今日から試せる小さな三つを置いておきます。

1.「鏡」に、何を映すか。

AIに何かを尋ねて、答えが浅いと感じたとき ── その問いに、自分の中身がどれだけ乗っていたかを、振り返ってみてください。薄い問いには薄い答えが、濃い問いには濃い答えが返ってきます。

2. 家族の「一つ抜けた得意」を、言葉にしてみる。

お子さんや家族の「なぜか得意なこと」を、なぜ得意なのか、一緒に言葉にしてみてください。本人も気づいていなかった強みが、輪郭を持ち始めることがあります。

3.「すぐ答えを出さない」時間を、責めない。

考え込んで、答えが遅い ── それは欠点とは限りません。じっくり考える力(ネガティブ・ケイパビリティ)は、AIには代えがたい、これからの人間の強みです。

  1. 盧溝橋事件 ── 1937年7月、北京郊外の盧溝橋付近で日中両軍が衝突し、日中戦争(日中十五年戦争)が本格化するきっかけとなった事件。発端では日本側兵士一名が一時行方不明になったと伝えられ、その経緯(用便のため隊列を離れたとされる等)には諸説がある。対話中で管野先生が「諸説ある」と断っている通り、単一の原因に帰せない出来事である。
  2. 志賀直哉(1883–1971)── 「小説の神様」と呼ばれた小説家。『城の崎にて』『暗夜行路』など。千葉県我孫子市に一時居を構え、この地で多くの作品を書いた。阿川弘之(1920–2015)はその門下の作家で、『山本五十六』などの伝記文学や、志賀直哉の評伝でも知られる(対話中の「阿川博之」は「阿川弘之」の言い間違いと思われ、本稿では校正した)。
  3. 指数関数的 ── ここでの「〇・八×〇・八=〇・六四」「一・五×一・五=二・二五」は、あくまで感覚を伝えるための比喩的な計算。自分の投げかけの質が、返ってくるものの質を左右し、その差は足し算ではなく掛け算のように開いていく、という趣旨である。
  4. ベンチャーキャピタル(VC) ── 成長が見込まれる未上場企業に出資し、株式公開や売却によって利益を得ることを目的とする投資会社・ファンド。近年は、少人数でAIを活用し高い一人あたり生産性を出す企業を高く評価する傾向が指摘されるが、評価軸は投資家によって様々である。
  5. ネガティブ・ケイパビリティ ── 詩人ジョン・キーツが用いた言葉で、「不確実さや答えの出ない状況に、性急に結論を求めず、耐えていられる力」を指す。日本では作家・精神科医の帚木蓬生の著作を通じて広く知られるようになった。すぐ答えを出すAIに対して、人間に残る資質として語られている。
  6. 家族経営(ファミリービジネス)の再評価 ── 四半期ごとの短期利益を追う経営に対し、長期的な視点・関係資本・理念の継承を強みとする同族経営を見直す議論は、近年、経営学でも一定の広がりがある。ここでの評価は特定の調査に基づくものではなく、対話の中での見立てである。