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対談 KSチャンネル 第102回(最終回)

二人の教育者、最後の対話

鈴木久夫(塾クセジュ 代表取締役)× 管野淳一(教育研究所ARCS 代表理事)

「我々のこのチャンネルの一番の目的は、お母さんに子育てを楽しんでもらいたい、ということですよね」── KSチャンネル 第102回(最終回)より

第一部 ── この対話について

4年、102回

番組の冒頭、鈴木先生がしみじみと切り出します。

鈴木今日は管野先生、ちょっと振り返ってみたら、なんと102回目なんですよね、この番組。4年ぐらい前から撮り続けてきて、102本。最初のころの映像は、いろんな意味で怖くて見られない(笑)。若いなあ、とか、まだこなれてなくて硬いなあ、とか。

4年間、同じテーマを表題を変えながら、手を替え品を替え語り続けてきた。その最終回にあたって、二人は「これまで特に強調してきたトピックを三つ」に絞ることにします。

鈴木三つ、いきましょう。一つ目が、今まで指導してきた中で言える「伸びる生徒・伸びない生徒の特徴」。二つ目が「親としてのあり方」。これが、この番組のメインでもありますね。三つ目が「これからの時代に必要な力とは何か」。この三本を、それぞれ話していきたいと思います。

以下、その三つのテーマを順に追っていきます。

第二部 ── 二人の対話

§1 ── 伸びる生徒・伸びない生徒

「人が変わる」生徒

まず一つ目のテーマ。長年の指導のなかで、どんな生徒が「伸びた」のか。ここでは話を、高校受験でうまくいった生徒に限定して振り返ります1

管野先生には、4000人近い卒業生を送り出してきた経験があります。その口から出たのは、意外な観察でした。

管野「伸びる生徒」って、わかるようでわからないんですよ。普段の授業態度がいいとか、家庭学習をコツコツやるとか、そういう生徒が伸びると一般には思われがちですけれど。でも、私が印象に残っているのは、むしろ逆で ── 「あんまり勉強しないな」と、親も塾の先生も文句を言っているような生徒が、入試が近づいてくると人が変わって、猛烈に勉強し始める。その変身ぶりが、ものすごく印象に残るんですね。

鈴木あれだけ宿題もやってこなくて叱られていた生徒が、ある日を境に別人になる。「人間ってここまで変わるのか」と、こっちが刺激を受けるくらいで。講師冥利に尽きる瞬間でもありますよね。

では、その「人が変わる」生徒には、何か共通点があるのでしょうか。

共通点①:自分を疑っていない(自己肯定感)

管野あります。共通点があって ── 自分に対する疑いがないんですね。「自分はダメな生徒だ」「所詮、俺はできないんだ」という、そういうネガティブな気持ちを持っていない生徒が多い。親御さんが、割と自己肯定感2を高めに育てたのかな、という印象があります。

ここで鈴木先生が、キーワードを拾い上げます。

鈴木自己肯定感、ですね。

管野そうです。だから、子どもに対してダメ出しをあまりしていない。甘やかす、という意味ではないんです。子どものいいところをちゃんと認めてあげている ── その子の承認欲求をうまく満たしている。そういうお子さんは、普段の勉強態度がよろしくなくても、最後に頑張れるのかなと思いますね。自分に対する信頼感、と言い換えてもいい。それを持っている生徒は、強いです。

「甘やかし」と「承認」は違う。子どものいいところを見て、認める。その積み重ねが、いざというときに「自分ならできる」と踏み込める土台になる ── これが一つ目の共通点です。

共通点②:何にでも興味を持って聞ける

続いて、鈴木先生から。

鈴木私の方から挙げるとすれば、どんなことでも興味を持って話を聞いてくれる子。今は一見つまらなさそうな話でも、「その先に何か面白い世界があるんじゃないか」という姿勢で聞いてくれる子は、強い。たとえその子が、仮に数学が苦手だったとしても、いずれ絶対にできるようになる。今まで振り返ると、そうだったんです。

その「興味の入口」をどう開くか。鈴木先生の授業には、一つの型があります。

鈴木クセジュの数学の授業では、よく歴史の話をするんですよ。たとえばフェルマーの定理3の話とか、いちばんよく話すのはアルキメデス4。当時どういう社会情勢で、その人がどういう状況に置かれていたのか、という背景の物語を話すと、子どもたちは目を輝かせて聞いてくれる。そうやって話していくと、「別に解けなくても、好きになっていいんだ」ということが伝わるんです。好き=解けなきゃいけない、点数も取らなきゃいけない、というものじゃない。そこが伝わると、かえって強い。

管野授業を面白く語れるかどうか。これが、教育者のすべてだと私は思っているんです。子どもの学習意欲を左右する、いちばん大きな要因ですね。

家庭の側にも、同じことが言えると鈴木先生は付け加えます。

鈴木何にでも興味を持って聞ける子は、やっぱりお父さんお母さんが、知的関心を刺激するような環境を積極的に用意している。夏休みにみんなでお城巡りに行ったり、とかね。先生の技量はもちろん必要ですけど、家庭環境も大きい。すぐに「点数がどうこう」ではない接し方をしてくれているかどうか。

共通点③:自分を客観視できる(メタ認知)

三つ目。これはお二人とも「難しいけれど決定的」と口を揃えるものでした。

鈴木あとは、自分を客観視することができる。いわゆるメタ認知5ですね。今、自分は何が足りていて、何が足りていないのか。「今日の授業は、まさに自分に足りないところをやっているぞ」と気づける。これは、高校生でも難しいんですよ。

管野難しいですね。自分を客観視するというのは、かなり成熟度が高くないと ── 大人でも難しい。

象徴的なのが、「ノート」の話です。

管野板書を、きれいな色を使って、それこそ作品のようにノートに取る生徒がいます。でも、そういう生徒に限って、意外と成績がよくない。エネルギーを、その「きれいなノート作り」の方に使ってしまっていて、自分が理解すること、学ぶ喜びの方にエネルギーが入っていないんですね。

鈴木逆に、一見、授業を聞いてなさそうに見えるのに、当ててみると、めちゃくちゃ聞いている生徒がいる。たまにメモを取るくらいで。板書を100%写す必要なんてなくて、「ここは自分に必要だ」という取捨選択ができている。メリハリがついているんですよ。

図1:最後に伸びる子を支える三つの土台
図1:最後に伸びる子を支える三つの土台

「65点」をどう読むか

このメタ認知は、テストの後にこそ試されます。

鈴木テストが終わると、学校でもやり直しをさせますよね。でも、ただ赤で書き直して提出させる、という表面的なもので終わることが多い。そうではなくて ── たとえば今回、学校のテストで65点だったとする。「65点」という点数そのものは、正直、良くも悪くもないんです。でも、35点分、自分が身についていないところが発見された。じゃあ、それをどうするか。あるいは、準備したのに65点しか取れなかったのなら、準備の仕方のどこに問題があったのか。反省の種は、いくらでもあるわけです。

管野それは、社会に出て成功する人間の特徴でもありますね。失敗したときに、落ち込むんじゃなくて、「うまくいかないやり方を一つ見つけた」と捉える。

鈴木「このやり方をすると65点しか取れない」ということを発見した、と。

管野エジソンみたいなものですね。白熱電球の実験に何千回と失敗したとき、「失敗した」ではなく「うまくいかない方法を、それだけ見つけた」とプラスに転換した6

ただ、ここには一つ、大人の側への戒めがあります。

管野こう言うと、負け惜しみに聞こえることもありますよね。だからこそ、周りの大人が、評価の軸をどこに置くかなんです。単純に「65点、悪かったじゃん、ダメじゃん」と切って捨てるのか。それとも、「そこから何が見えてくるか」を一緒に考えるのか。

鈴木点数という定量的なものだけで見てしまうのが、いちばんわかりやすいですからね。

管野点数だけを見る親、多いじゃないですか。「なんでこんな点数なの」と。── これは、二つ目のテーマ、「親としてのあり方」に、そのままつながっていきますね。

§2 ── 親としてのあり方

この番組のメインテーマ。管野先生自身、5人の子どもと5人の孫を育ててきた「当事者」です。

管野私の場合は、途中でスタンスを変えたんですよ。5人子どもがいますから、最初のころの子どもたちと、後半の子どもたちとで、接し方が違う。最初は、多くの親御さんと同じで、点数を見て心配したり、「もう少し頑張れ」と言ったり、していました。でも後半に行くにつれて、子どもに対して「勉強しろ」ということを、一切言わないようにしたんですね。

なぜでしょうか。

管野勉強のできる生徒をたくさん見てきましたけれど、彼らは自発的に勉強しているんです。自分の興味関心に従って。そこに親や先生が「勉強しないとダメだぞ」「いい学校に入れないぞ」と言うと、子どもは「やらされている」という感覚になってしまう。だから私は、通知表も見ない、「勉強しろ」とも言わない、というのを貫きました。

「言わない」代わりに、何をするのか。ここで、この番組でも繰り返し語られてきた一つの技法が出てきます。

「三角話法」── 子どもは"耳暖房"で聞いている

管野その代わり、子どもの知的好奇心を刺激する時間を、なるべくたくさん作る。以前お話しした「三角話法7」というのがあります。子どもに直接話すと、特に思春期の子は、それを「お説教」として受け取ってしまう。「アイメッセージ」のつもりでも、「ユーメッセージ」── つまり「お前が何かしなきゃいけない」というメッセージとして伝わってしまうんですね。

そこで、あえて迂回する。

管野だから私は、子どもに向かってではなく、たとえば妻に向かって、あるいは独り言のように、こう言うんです。「ブラックホールって面白いよなあ。光を全部吸い込んで、出てこない。だから何も見えない。最近では、宇宙にダークマター8っていうのがあるらしい。これ、面白いよなあ」って。それを、子どもが聞いているところで言う。

面白いのは、子どもの反応です。

管野自分に向かって言われた話は、子どもは身構えて聞かない。でも、誰か別の人に向かって言っている話は、耳をそばだてて聞くんですよ。お母さんがママ友の悪口を電話で喋っていたら、子どもは全部聞いていますよね(笑)。あれと同じで、"耳暖房"のように聞いている。だから、ちょっと迂回するわけです。これが、すごく効果がある。

鈴木自分に向けられたメッセージじゃない、という安心感があるからこそ、かえって入っていくんですね。

図2:三角話法 ── 直接伝えるより、"迂回"が届く
図2:三角話法 ── 直接伝えるより、"迂回"が届く

さらに、あえてわからない言葉を使うのがいい、と管野先生は言います。

管野「ブラックホール」「ダークマター」「ゲシュタルト9」── そういう言葉を、あえてガンガン使うんです。子どもはわからない。でも、入っちゃうんですよ。「何それ?」と好奇心を持つ。「もうちょっと詳しく教えて」と。そして、そういうものって、何年も残るんです。

25年後に返ってきた「ブラックホール」

ここで管野先生が、ご自身の実話を披露します。

管野ちょっと私事でいいですか。いちばん下の末っ子が、今25歳なんですけれど。大学院を出て、就職が決まったんですね。その就職が決まったとき、会社の方から電話があって、「何が合格の決め手になったか」を教えてくれたそうなんです。息子は宇宙に興味があって、宇宙の研究をしていた。で、面接で「なぜ宇宙に興味を持ったのか」と聞かれて、息子はこう答えたそうです。── 「父から、ブラックホールの話を聞いたのがきっかけです」と。それが、合格の決め手になったらしい。

鈴木お父さんの、あの独り言が。

管野私はもう、すっかり忘れていて。「そんな話、したっけ?」って(笑)。息子は「言ったじゃないか。どこそこの駐車場で、パパ言ったじゃないか」って。── 親が忘れているようなことが、子どもの中にはずっと残っている。しかも、それがきっかけで宇宙の専門家になっていた。私は全然知らなかった。

この逸話から、三角話法の核心が引き出されます。

管野だから、親がコントロールしようとして言葉を言っても、効果は上がらない。「この子をこういう方向に行かせよう」と思って言うと、ダメなんです。そうではなくて、親が本当に、自分が関心を持っていることを語る。一人称で。それを、子どもが盗み聞きするような雰囲気を作る。それが、三角話法です。

親自身が、何にワクワクしていたか

ということは ── 親の側にも、宿題があります。

鈴木三角話法をするには、親自身が「そもそも自分は何に興味があったのか」を、もう一度思い出す必要がありますね。

管野絶対にあると思いますよ。すべてを「勉強=義務」として捉えていた、ということはなかったはずですから。私で言えば、古文ですね。枕草子10なんて、今でも空で言えるくらい好きで。方丈記11の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」── 川の水って、変わらないように見えて、一つとして同じものがない。「ああ、これは仏教的な人生観だなあ」と。物事は、一見新しく見えても、どんどん移り変わっていくんだ、と。そういうことを、しみじみと語る。そうすると、子どもの頭の中に、その情景が浮かぶんですよ。

鈴木知識としての背景がない状態でも、その情景が浮かぶ。それがいいんですよね。

石炭を握った父

管野先生には、忘れられない原体験があります。

管野私の親父は北海道の人間で、石炭でストーブを焚いていたんです。石炭を納屋から運ぶ作業が、子ども心に辛くてね。そのとき親父が、石炭を手で握って、こう言い出したんですよ。「これができるまでに、どれだけの時間がかかったと思う?」と。動物の死骸や、倒れた植物に土がかぶって、腐って、やがて油になって、固まって ── 石炭が一個できるのに、気の遠くなるような時間がかかっているんだ12、と。親父が、しみじみと感慨深そうに言うわけです。石炭の感触と、太古の動植物とが重なって、それが油になっていく ── その光景が、夢の絵のように、今でも残っているんですね。

管野だから、簡単なんですよ。親がやることは。「いや、学問っていうのは、そこが深いんだよなあ。やってもやっても果てがない、奥が深いなあ」── こんなセリフでもいいんです。すると子どもは、「勉強って、そんなに深いのか」と興味を持つ。俄然、取り組もうとする。それが、受験が近づいたときのスイッチになるんです。さっき話した、「急にやり出す生徒」のスイッチは、そこなんですよ。

鈴木自己肯定感+興味関心。その二つが、普段から家庭で意識的に育まれているかどうか、ですね。

「親」という役を演じない

ここから、話は「親のあり方」の、より深いところへ入っていきます。

管野親としては、「自分は親である」というペルソナ13に、とらわれすぎない方がいいと思いますね。「子どもに対して上から振る舞わなければいけない」「弱みを見せてはいけない」「欠点を見せてはいけない」── そうやって、子どもの前で無理な自分を演じようとするのは、よくない。

なぜなら、と管野先生は続けます。

管野子どもは、親の欠点なんて、実はとっくにわかっているんですよ。親以上に、子どもは親を見ていますから。もうバレているんです。だから、親も自分の欠点を丸出しにしていい。私なんかも、子どもの前でバカなことを言って、妻から「バカじゃないの、あんた」と言われるシーンが、何度もありました(笑)。会社である程度のポジションがある親、社会的地位が高い親ほど、それを家庭に持ち込まないことが大事なんです。持ち込むと、子どもは守りを固めてしまう。「また上から何か言ってくるな」と身構えて、親の言うことを跳ね返してしまう。子どもが「うちのパパ、おっちょこちょいだよね」と突っ込めるくらいの隙を見せておいた方が、いい影響を与えると、私は思うんです。

鈴木それは、親自身の心身にとってもいいことですよね。変に身構え続けるよりは。

「よき母」という思い込み

そして、これは特にお母さんに向けて、と前置きしながらの一節です。

管野お母さん方の一部に、「子どものために、自分のやりたいことを我慢して、いろんなことを抑えるのが、よき母だ」と思い込んでいる方が多いんです。でも、それは逆なんですよ。子どもは、お母さんが幸せじゃないと、それをいち早く感じ取る。そして、「それは自分のせいじゃないか」と思ってしまう。「キャリアも犠牲にした」というような思いが親のどこかにあると、その不満は、必ずどこかに出るんです。子どもは、お母さんが時々イライラしている、楽しそうじゃない、と感じたとき、「自分のせいだ」と思う。そうなると、いい親子関係は築けません。

鈴木親が、我慢して、自分を犠牲にしてまで子育てをする ── それが、かえって子どもを苦しめることがある、と。

課題の分離 ── 思春期になったら、手放す

議論は、アドラー心理学でいう「課題の分離」へと進みます。

管野だから、思春期になったら、もう子どもを手放していいんですよ。お母さんもお父さんも、自分自身のことに向き合った方がいい。中には、自分の仕事の行き詰まりや、夫婦の問題から目を背けるために、「子どもが心配、子どもが心配」と言って逃げている親もいるんです。厳しい言い方をすれば、逃避的に。本当は自分と向き合わなきゃいけない時期に来ているのに。

鈴木子どもはもう一人の人間、親も一人の人間。究極は、他人ですものね。

管野アドラーも言っているじゃないですか。勉強は、子どもの課題なんです。親は、本当は踏み込んじゃいけない14。「塾の宿題やったの?」というような、つまらないことを言わない。これが大事ですね。塾の宿題をやらなくて叱られるのは、子ども本人ですから。叱られればいいんです。極端な話、サボりにサボって入試に落ちるなら、落ちていい。落ちることで学ぶものも、いっぱいあるんですから。

鈴木実際、高校入試で第一志望に届かなかった子が、その後、大学ではいいところに受かる、ということはよくありますよね。最初につまずいて、そこから盛り返す。

管野若いときの失敗は、買ってでもせよ、と言いますけれど、あれは本当ですね。

鈴木私も講師を採用するとき、「どれだけ失敗してきたか」を見ます。順風満帆に来続けた人ほど、かえってちょっと危ういところがある。── さて、この話は、三つ目のテーマ「これからの時代に必要な力」の、伏線になっていますね。

§3 ── これからの時代に必要な力

最後のテーマ。AIの時代に、子どもたちには何が求められるのか。

知識量から「人間力」へ

管野一言で言えば ── これからの時代は、知識をたくさん積み重ねた人ではなく、自分の「人間力」の勝負だと思っています。今、AIの時代が到来しました。たくさん知識を持っていて、それを使って分析したり、論理的に積み上げたりする ── それよりも、何も見えない不透明な時代に、自分で何かを生み出す力。プロデュースする力、クリエイトする力。それが、いちばん望まれていると思うんです。

管野「全教科まんべんなくできます」という人は、正直、お呼びじゃない。会社も世間も、平均にはお金を払いません。何かに突出した能力を持っている人には払うけれど、平均にはお金を出さない。むしろ、自分の持っている能力を、臨機応変に、最大限まで発揮できる人ですね。

「論理的思考力」は時代遅れ?

ここで鈴木先生が、35年の指導経験を振り返ります。

鈴木私が塾の先生になって、もう35年近く経ちます。最初の10年間は、「論理的思考力」という言葉が、ものすごく魅力的な言葉でした。「論理的思考力を身につけるためのカリキュラム」と言った瞬間に、親御さんは「ぜひ、うちの子にそういう教育を」となる。でも今は ── 論理的思考力は、時代遅れだと感じています。その「論理」って、結局、狭い世界の中の論理だったりするわけですから。

もっとも、これは「論理はいらない」という話ではありません。

管野もちろん、物質的な問題に関しては、論理や分析が必要です。たとえばマンションの建築。「いつまでに基礎工事をやらないと、納期に間に合わない」── これは論理的に考えないとダメですよね。適当な時期に「そのうち建ちますよ」なんて言ったら、大変なことになる。そういう狭い、物質的な問題には、論理的思考や分析力が必要かもしれない。けれども、これからの時代は、直感力の方が大事だと。

鈴木論理できちんと積み上げてきて、ゴールの一歩手前で予期せぬ出来事が起きたとき ── その論理は、破綻するじゃないですか。そのときに、どう対応するか。

成功する経営者は「直感」で動いている

管野今の企業は、アメリカでもそうですけれど、AI関連で成功している経営者にインタビューすると、論理的に会社の発展を計画している人は、一人もいなかったという話があります15。中長期目標を立てて、そこから逆算して積み上げる ── そのやり方は、今、通用しないんです。日本でも、長期計画を一切立てない会社が、急成長していたりする。何をしているかというと、「今、ここ」にある顧客の潜在ニーズは何かを直感的に把握して、そこをぐっと詰めていく。常に「今」の積み重ねなんですよ。

鈴木過去も引きずらず、未来にも執着せず、「今」。まさに仏教ですね16。だから、論理的思考力の対極にあるこの「直感的判断力」を、いかにして育んでいくかが、これからの教育に問われる。言い換えれば、それは、相手の気持ちを理解する力でもある。

管野その話は、次回、私の方でしたいと思っています。

図3:問われる力の重心が移っていく ── 論理的思考力から直感的判断力へ
図3:問われる力の重心が移っていく ── 論理的思考力から直感的判断力へ

こうして、三つのテーマの「ダイジェスト」は幕を閉じます。

第三部 ── 最終回として

バトンを渡す

実は、この第102回は、鈴木先生にとって、ひとつの区切りの回でもありました。

鈴木私、この102回続いた番組を、一旦お休みすることにしたんです。次回からは、管野先生が、都度ゲストをお呼びする形で、番組を続けていってほしいなと。そして、10回目くらいのゲストとして、また私が呼ばれる、というのもいいですね(笑)。4年間、本当にありがとうございました。

「親に、優しい話を」

ただ、最終回にあたって、鈴木先生はひとつ、大切な但し書きを残しています。真面目な保護者ほど、この番組を見て、自分を責めすぎてしまうのではないか、という懸念です。

鈴木この番組を見て、特に真面目なお母さんが、「これはもう、本当に私が悪いんだ」と、捉えすぎてしまう部分があるんじゃないか。意識の高い人ほど、罪悪感を持ちやすい。でも、我々のこの番組の一番の目的は、お母さんに子育てを楽しんでもらいたい、ということなんですよ。それなのに、「今までの自分のやり方が間違っていた」と反省させてしまうのは、本意ではない。

管野たしかに、親に厳しい話が、多かったかもしれませんね。

鈴木だから、これからは ── 親に、優しい話をしていきましょう

次は「AIと教育」

そして、次に続く予告で、対話は締めくくられます。

管野次回以降は、AIの専門家をお呼びして、「教育は、AIの時代にどう変わっていくのか」というテーマで、お話が聞けたらと思っています。私も、話をしたい。

鈴木保護者の方が、いちばん聞きたいテーマですよね。── ということで、ご清聴、どうもありがとうございました。

4年、102回。二人の教育者が語り続けてきた対話は、こうして一区切りを迎えました。けれども、そのバトンは、次の形へと受け継がれていきます。

ご家庭で話してみてください

この対話を、「読んで終わり」にしないために。今日から試せる、小さな三つを置いておきます。

1. 「三角話法」を、一度だけ試してみる。

お子さんに直接ではなく、ご家族や独り言として、あなた自身が本当に面白いと思っていることを、お子さんの聞こえるところで語ってみてください。ニュースでも、昔好きだったことでも、何でも。コントロールしようとせず、ただ楽しそうに。

2. テストの点数を、「発見」として一緒に読む。

点数そのものではなく、「この結果から、何が発見できたか」「次にどう活かせるか」を、お子さんと対話してみてください。65点なら、35点分の"宝の地図"が見つかった、と。

3. あなた自身が、昔ワクワクしたことを思い出す。

三角話法で語る「中身」は、あなたの中にあります。子どものころ、義務ではなく夢中になったこと ── 星でも、歴史でも、虫でも。それを一つ、思い出してみてください。

  1. 受験の成否だけが「伸びた」の基準ではないが、この回では話を整理するため、高校受験でうまくいった生徒に限定して振り返っている。「受験ではうまくいかなかったが、その後の人生で伸びた生徒」まで含めると際限がない、という趣旨の断りが対話の冒頭にある。
  2. 自己肯定感 ── 「自分には価値がある」「自分は自分でよい」と、ありのままの自分を受け入れられる感覚。他人との比較で優劣を測る自尊感情とは区別され、「できる・できない」に関わらず自分を信頼できる土台を指すことが多い。
  3. フェルマーの定理(フェルマーの最終定理) ── 17世紀の数学者ピエール・ド・フェルマーが書き残した予想。「3以上の自然数 n について、xⁿ + yⁿ = zⁿ を満たす自然数の組は存在しない」というもの。フェルマーが「証明を見つけたが余白が狭くて書けない」と記したことで有名になり、約360年後の1994年、アンドリュー・ワイルズによって証明された。
  4. アルキメデス ── 紀元前3世紀、古代ギリシャ(シチリア島シラクサ)の数学者・物理学者。浮力の原理(アルキメデスの原理)やてこの原理で知られる。「エウレカ(わかったぞ)」の逸話や、シラクサ攻防戦での兵器開発、ローマ兵に殺された最期など、数学史と社会史が交差する題材として語りやすい。
  5. メタ認知 ── 自分の思考や理解の状態を、一段高いところから客観的に眺める力。「何がわかっていて、何がわかっていないか」を自分でモニターし、学び方を調整する能力を指す。学習の効果を大きく左右するとされる。
  6. エジソンが白熱電球の実用化までに試した素材や回数には諸説あり、数千から一万通りとも言われる(対話中の「4000回」も概数)。有名な「私は失敗したのではない。うまくいかない方法を(たくさん)見つけただけだ」という言葉に象徴されるように、ここで大切なのは正確な回数ではなく、失敗を「発見」として捉える姿勢である。
  7. 三角話法 ── お二人が番組内で用いている呼称。子どもに直接語りかける(二者関係)のではなく、第三者に語るのを子どもに「聞かせる」(三者関係)ことで、押しつけ感なく関心を伝える方法。心理学でいう「ウィンザー効果」(第三者を介した情報の方が信頼されやすい)とも通じる。
  8. ダークマター(暗黒物質) ── 光を出さず直接は観測できないが、その重力の影響から存在が推定されている物質。宇宙の物質・エネルギーの大半を、このダークマターとダークエネルギーが占めるとされ、その正体は現代物理学最大の謎の一つ。
  9. ゲシュタルト ── ドイツ語で「形・全体像」。部分の寄せ集めではなく、全体としてまとまった構造やパターンを指す心理学の概念。「ゲシュタルト崩壊」(見慣れた文字がバラバラに見えてくる現象)で言葉としては知られる。
  10. 枕草子 ── 平安時代中期、清少納言による随筆。「春はあけぼの」で始まる。宮廷生活の観察と、鋭い美意識・機知に富む一段一段で知られる。
  11. 方丈記 ── 鎌倉時代、鴨長明による随筆。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の冒頭で名高い。移りゆくものへのまなざし(無常観)が全編を貫く。
  12. 石炭は、太古の植物が地中で長い年月をかけて変化してできたもの。その形成には、実際には数千万年単位の時間がかかっている(多くは古生代・石炭紀=約3億6千万〜3億年前に堆積した植物に由来する)。対話中の「何万年」は体感的な表現で、実際の時間はさらに桁違いに長い。逸話の核心は、正確な年数ではなく、一個の石炭に凝縮された「地質学的な時間の壮大さ」にある。
  13. ペルソナ ── もとはラテン語で「(劇の)仮面」。心理学者ユングは、人が社会的な役割に応じて外向きにまとう人格を「ペルソナ」と呼んだ。ここでは「親という役割・建前」の意味で使われている。
  14. 課題の分離 ── アルフレッド・アドラー(アドラー心理学)の考え方。「これは誰の課題か」を見極め、他者の課題には土足で踏み込まない、という対人関係の指針。「その選択の結果を最終的に引き受けるのは誰か」で線を引く。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった。
  15. 特定の調査を離れても、近年の起業・経営論では「長期の詳細計画から逆算する」より「小さく試し、顧客の反応から素早く学んで方向を変える」手法(リーン・スタートアップ、アジャイル、エフェクチュエーションなど)が重視される傾向がある。対話中の「27人」等の具体的数値は当日の語りのままで、特定の出典を確認したものではない。
  16. 「過去を悔やまず、未来を憂えず、今ここに集中する」という姿勢は、禅の「喫茶喫飯(お茶を飲むときはお茶を飲みきる)」や、心理学者チクセントミハイの「フロー」(時を忘れて没頭している状態)とも響き合う。クセジュのAIプロジェクトが設計の核に置いている考え方でもある。