大人になるための負荷

小学校高学年から中学生という、人生で一番不安定(多感)な時期の子どもたちと日常的に接していて思うことは、この時期子どもたちの成長促すために何らかの負荷を与えなくてはいけないということです。

大人になるための負荷ですね。試練と言い換えても良い。逆に言うと、これがないと成長できない。私はここでスパルタ教育を進めているわけではなく、この時期彼らの持っている能力を引き出すきっかけとして試練を与える必要があり、彼らも無意識にそれを望んでいるということを強調したいのです。思春期の子どもたちは様々な困難に出会い、色々な壁に当たりながら「自分は何者か、自分には何ができるのか」を必死に求めて生きているといえます。困難がなければ自分のアイデンティティが確立できない。だから時にはあえて自分で〝困難〟をつくり出すことさえあります。

そういう時我々大人は彼らを包みこみ、時には彼らの前に立ちはだかる壁となって正面から対峙しなければなりません。一介の塾講師に過ぎず、メインの仕事は彼らに勉強を教えることである我々にも、大人として真剣に彼らの壁となることを要求される瞬間があります。全力で彼らと向き合う瞬間です。

心理学者の河合準雄さんは、子どもが問題行動に出たとき、親は100点満点の対応を迫られる瞬間があると言っています。100点満点が全力を尽くす、全人格をあげて向き合うという意味なら我々にも同じことがあるのです。

10年程前の教え子、「O君」

これに関して私がいつも思い出すことがあります。10年ほど前に教えたO君という生徒のことです。彼は小学生の時中学受験に失敗し、そのまま中学部に上がってきました。兄2人もかつて私の塾に在籍し、1人は地元の名門県立高校へ、もう1人は都内の超難関私立高校へ進学していました。小学生の時のO君は我々講師にも抱きついてくるような人なつこい甘えん坊で、皆からも可愛がられていました。ところが中学生になった途端に一変。体もゴツくふてぶてしい姿になり、いっぱしのワルを気取るように…。

実際次々と〝ワル〟を実行。学校では校舎の窓ガラスを割る、授業妨害で校長室に呼び出される。塾でも授業中大声で周囲に話しかけ講師に外につまみ出される…といった具合です。ある時お母さんと話していてショッキングな事実が明るみに。何とO君は友人と近所のコンビニで万引き事件を起こしたというのです。幸い店主が理解のある人で、今回だけは多めに見るという話ですみました。

「本当にお恥ずかしい話で…」とお母さんは憔悴した様子。それでも私は日頃の彼の行動からあまり驚きませんでした。むしろ暴力沙汰よりマシじゃないかと。「Oもこれに懲りて少し大人しくなるんじゃないか…」と正直期待したくらいです。しかしその期待はいとも簡単に裏切られました。大人しくなるどころか彼の問題行動はその悪質性においてはエスカレートしていったのです。

中3になってすぐ塾で行った社会の確認テストでO君は全ての設問にわざとふざけた答えを書き、担当のM先生に引きずられるようにして私の所へ連れて来られました。見ると焼き畑農業と答えるべき所に織田信長、ヴェルサイユ条約と書くべき欄にツパクアマル(当時話題になった南米のテロ組織)と書いてあります。以下全てがこんな調子で続きます。これまで授業妨害や宿題未提出など散々手こずらされてきたM先生も怒りに震えています。

私はいよいよO君と〝対決〟すべき時が来たと思いました。もはや生半可な〝お説教〟でお茶を濁すことはできません。私は抑えた声で言いました。

「Oよ、お前本当にやる気があるのか。」
彼は私と眼を合わさず少し躊躇してから何かボソッとつぶやきました。

「えぇ?聞こえないぞ。やる気あるのかないのか!」
今度は聞こえました。

「…ない…です。」
「よし。今日限り塾に来なくていい。帰れ。」
O君が帰ると私はすぐにお母さんに電話しました。

「休塾処分」

私は電話でお母さんに次のような提案をしました。O君は小学校から塾に来ていて、ある意味馴れ合いになっている。我々講師に対しても甘えの感情を持っており、真剣になれないのかも知れない。長く続いた塾との関係をいったん切って冷却期間を置き、一ヶ月間塾を休ませ自宅学習をしてもらう。反省と自覚を促してから再び塾に戻ってもらうという考えです。

お母さんは「でもただでさえ勉強しない子なのに塾に行かないとますます遅れるのでは…。」と困惑した様子。私は塾の進度を毎回電話で報告し宿題も出しチェックもするからと渋るお母さんをなだめ説得しました。私には勝算がありました。中学受験をしただけあってO君は基礎学力があります。文系教科は苦手だけど数学など理系教科はズバ抜けた才能を見せていました。一ヶ月くらい塾に来なくても遅れは取り戻せます。

それより彼は受験生になって〝勝負〟を避けていることの方が私には問題と映っていました。彼は2人の兄に強いコンプレックスを抱き、この頃口癖のように兄たちのことを「あいつらは勉強ばっかりのガリ勉で人間味がない…」などと批判していました。「入試」は当然結果を伴います。彼は有名校へ行った兄たちと比較されることを極度に恐れていました。だから彼はあれほど「勉強を真剣にやらない」ことで兄たちと同じ土俵に上がることを無意識のうちに避けていたのです。

しかし私は楽観していました。心の底ではO君が塾を拠り所にしていることは分かっていたからです。小学校時代あれほど素直で私たちに信頼を寄せていた彼の姿が私の確信を支えていました。彼は本来この塾が好きなはずだ。今は反抗的な態度であってもイザとなれば立ち直って頑張ってくれるだろう。そのために「休塾処分」というショック療法が有効だ。私はそう信じていたのです。

一ヶ月が過ぎO君が塾に戻ってきた時、私の計画はまたもや失敗だったことに気付かされました。相変わらず反省の態度はナシ! 特に文系教科は全くやる気ナシ。あえて英語だけクラスを落としたりもしましたが、フテクサレたような態度が返ってくるだけです。

そのうち夏が過ぎ秋を迎えたばかりの頃、忘れもしない〝あの事件〟が起こりました。授業も終了しほとんどの生徒が帰宅した頃、またまた血相を変えたM先生がO君の首ねっこを引きずって私の前に連れて来ました。

「管野先生、コイツが下で…」
日頃冷静なM先生の顔が引きつっています。

「ビール飲んでました!」

なんとO君は塾の階下で他塾の友人たちと缶ビールで酒盛りをしていたというのです。一歩間違えば補導されるところですよ。

私はイスをはねのけるように立ち上がるとO君に突進し思い切り殴りました。彼は後ろのキャビネットに激しく衝突し跳ね返ったところを私はさらに突き飛ばしました。と今度はコピー機に体当たりして崩れ落ちました。職員室中が凍りついたようにシンとなっていました。

「立てO!」
私はO君を立たせると極力声を抑えてゆっくりと言いました。

「これが最後だ。二度とやるな。いいか二度とやるなよ!」

翌日お母さんに塾に来てもらい事のてん末を話しました。彼を殴ったことを含め詳細を話すとお母さんは深々と頭を下げるばかりです。私は憔悴し切った表情で何度も謝罪するお母さんが心底気の毒でした。というのも兄2人も塾に来ていた関係上、私たちとO君のお母さんは長いお付き合いで、お母さんの人柄も分かっています。彼女がタメ息をつきながら

「…私はあの子を兄たちと比べたことなんかないんです。あの子にはあの子の良さがあると思ってますから…」
という言葉に嘘のないことは分かります。中学受験も本人の希望だったし、勉強を強制したこともないという母親の主張も信じられるだけに、原因をはかりかねて落ち込む母親の姿は本当に気の毒でした。

お母さんにとっての"学び"

しかし今ふり返るとO君の数々の問題行動はお母さんにとっても〝学び〟であったことが分かります。兄2人は勉強もできるし、スポーツも万能。その上スラリとしたハンサムで人望もある。末っ子が言うようにガリ勉で人間味がないということは全くなく、むしろその逆です。そし2人とも有名高校へ行き大学は揃って医学部へ進学しました。単身赴任のお父さんは少し厳しい人ですが大手企業に勤める優秀な技術者です。傍目には人も羨む幸福な家庭でしょう。ただそれだけにO君の受ける〝期待への重圧〟も大きかったことは想像できます。

お母さんも賢い人ですから安易に〝期待〟を口にすることはなかったのですが、それがかえって〝無言の圧力〟になっていた可能性は充分あります。それにお母さんには決定的に「ある経験」が欠けていました。それは大ていの親が子どもに対して抱く悩み、即ち「なかなか勉強しない」「成績が上がってくれない」「反抗期で言うことを聞かない」など親なら誰でもが抱く「子育ての悩み」を、それまで経験していなかったのです。お母さんにとって子どもが「勉強しなくて困る」という悩みを末っ子が思春期に至るまで持ったことがない。

それはつまり「優等生ではない子を持つ」親の気持ちが分からないということです。お母さんを批判して言うのではありません。実はこういうことはよくあることなのです。逆説的に言えばO君は問題を起こすことでお母さんに「学びの場」を提供しているとも言えます。ただ、O君の場合いささか〝強烈な学び〟ではありましたが…。

厳格な父と「O君」の決意

私もお母さんに劣らず敗北感を味わっていました。こうまで次々と打つ手が空回りするなんて予想外のことでした。彼を〝更正〟させ勉強に集中させるにはどうすればよいか。私は毎日考えました。〝ビール事件〟以来さすがに大人しくなっていましたが反省しているかは分かりません。成績は低迷し、塾の模試でも社会などは30~40点しか取れません。
(平均点が60点台なのに…)

意を決して私はO君と一対一で面接しました。もう11月になっていました。彼の志望校は地元のトップ校の県立T高校です。今の成績では無理なことは彼も承知していました。

「どうするんだ、O。T高へ行きたいんだろ」
そう訊くと彼は不安そうにうなづきます。彼によると、単身赴任中のお父さんが帰宅してこう命令したそうです。

「T高以外は受けさせない。落ちたら就職しろ」と。
私は少し笑いながら──というのは父親にありがちなセリフなので──言いました。

「それはお前を励ますために言ってるんだ、本気じゃないよ」
しかしO君は

「先生はオヤジを知らないから…。ウチのオヤジは一度言ったことは必ずやる人間なんだ!」
と叫ぶと泣き出したのです。殴られても決して泣かないO君の号泣に私もあっけにとられました。後でお母さんに確認したところ

「そうなんです。主人も頑固なんです…。ときどき息子がかわいそうになります」と。
やはりお父さんも完全主義者で曲がったことは嫌い。息子にも同じ事を要求していたのです。

泣きじゃくるO君に私は大声で言いました。

「だったらT高に受かればいい!」
彼はビクッとして顔を上げます。私は続けて

「あと3ヶ月必死に頑張ってT高に受かろう。受かってオヤジさんを見返せばいい」
彼は私の顔をじっと見つめています。さらに私はトーンを落として言いました。

「万一、T高に落ちても心配するな。俺がオヤジさんに私立受けさせて下さいって直接頼むから。それでいいか?」

その時の彼の表情を忘れることができません。涙目のままニッコリと、本当に嬉しそうに笑ったんです。中学入学以来見せたことのない笑顔でした。
その日を境にO君は文字通り別人になり猛勉強にいそしむ毎日。マァ、根が単純といえばそうなんですけど(笑)。

ただ不安はありました。O君は学校での生活態度が災いして通知表は「2」「3」しかありません。内申点は最悪です。本番の学力テストで挽回するといっても文系科目の力不足は明かでした。それでも特訓に次ぐ特訓で模試の点数も急上昇。
いよいよ本番前日、T高を受ける生徒たちを集めた教室で私が「明日は悔いのないよう全力を尽くすように」と最後の激励をすると、最前列のO君が弾かれたようにイスに立ち上がり拳を突き上げて「ウォーッ!」と雄叫びで応えたのです。

結果は…合格!でした。480点近い高得点をマークし、あれほど苦手だった社会は何と100点。全く彼のパワーには我々講師陣も脱帽です。T高の入学式の帰り、髪を金髪に染めて塾に現れたO君に教室長のS先生が
「俺はお前のそんな姿を見るためにT高に合格させたんじゃないぞっ!」と怒鳴っていました。本当に懲りない子です(笑)。

「本気で立ち向かう」

今ふり返るとこの「O君事件」は、単に1人の少年の「更正物語」ではなく我々大人にも様々な教訓=学びを与えるものでしたね。彼は次々と問題を起こし、親も我々も彼を〝困った存在〟と見ていました。だから説教し叱るわけです。しかし困った存在と見なしている限り困った問題はなくならない。こういう時子どもは〝困った存在〟になることによって我々に「本気で立ち向かう」ことを要求していると考えられるからです。何度も何度も〝本気度〟が試されるという意味で大人にとってもこれは試練です。

やがて我々が説教ではなく、彼らの抱えている悩みに共感し共に解決しようと姿勢を変える時、「高見から教え導いてやろう」という態度を放棄した時、彼らも劇的に変わる。そして急激に成長します。O君のケースはこのことを示していると思います。例えばO君の場合、私が父親のことで彼の立場に共感し一緒に頑張っていこうと励ました時期、お母さんも『たとえ息子が最悪、高校大学という人並みのコースから外れたとしても変わらない愛情を注いでいこう』と決意を固めていました。そしてまさにその時点から彼は劇的に変化し自らの行くべき道を見定め走り出したのです。ただ、そういう変化=成長は真剣に課題と取り組み困難を解決するプロセスからしか生まれません。

その点最近の子どもたちはO君たちのような〝困った問題〟を起こさない代わりに、困難や困難が予想される事態から早々と身を引いてしまいます。親もまた「子どもがかわいそう」「子どもの自主性に任せているので…」という美しい言葉の下、子どもと正面からぶつかり合うことを回避しがちです。しかしくり返すようですが、子ども(特に思春期の)にとって課題(困難)の克服と成長は切り離すことができない大切な経験なんです。

民族学ではこの課題を〝成長に必要な儀式〟と呼んでいます。それによるとかつてはどの国でも14才前後になると様々な儀式が行われていたことが分かっています。中には命がけの危険を伴うものもありました。

子どもから大人へ成長させるにはこの時期一定の負荷をかけなければならないことを先人は経験的に知っていたのでしょう。イニシエーションはそういう先人たちの知恵であったと思います。
現代の子どもたちには無論そのような明確な儀式はありません。それでも内的な成長意欲とそれを促す困難を求める気持ちは間違いなく持っているのです。私は今の子どもたちも機会さえあれば、困難を克服する力があることを疑っていません。しかし、この困難は子供だけのものではなく、親にとっての困難でもあります。真の成長を促すために必要なのは、親の「困難に対する覚悟」といってもよいでしょう。